10cm先の鼓動

私の意識はちょうど夢と現実の狭間にあって、さながら波に揺られるビーチボールのように二つの世界を行ったり来たりしていた。
窓ガラスの揺れる音は現実だが眼前に広がる景色は夢なのだとはっきり認識している私は、いま起きるべきかどうか迷っているところ。
風がいよいよ強まってきた。目に見えるものすべてが白く輝いて眩しい。
夢のディテールは徐々に消え失せていき、頭に現実が染み込んでくる。相変わらずすごい音。もしかして急な大嵐でも到来したんだろうか?

「うー……」

不本意な覚醒を悔やみながらベッドの上でごそごそと寝返りをうち、片腕で目元を覆う。
そのまま諦め悪くじっとしていたが、やがてもう眠れそうもないことを悟って時計を確認する事にした。
それで気づいた事が二つある。

ひとつ、眩しかったのは昨日カーテンを明けたまま寝てしまったから。
ふたつ、窓を揺らすものの正体は強風などではなく、何者かのノックだったこと。

“何者か”はカーテンの隙間から真っ青なガラス玉みたいな目でこちらを覗いていた。

「《やあ、おはよう!》」
「……『おはよう!』じゃない!」


「ほんともう心臓止まるとこだったんだからね! 死ぬとこだったんだからね!」

まったく反省の色のないバンブルビーが奏でる音楽が冷気とともに部屋になだれ込んでくる。秋の朝には似つかわしくないアップテンポな曲だった。
中に入れない彼は窓枠に両手をかけて、音楽に合わせて頭を上下させながら私が髪をとかし終えるのを今か今かと待っている。
まあ何はともあれ来たのがこの子一人だけでよかったけど。
いつだったか、暇を持て余した“奴ら”が揃って押し掛けて来たときには思わず叫んだ。サムに泣きながら助けを求めた。第一暇ってなんだよ、仕事しようよ。

「ちょっとビー、聞いてるの? 来るのはいいけどもうちょっとなんかこう……やり方があるんじゃない?」

鏡越しに睨みつけてやれば音楽は止まり、代わりにきゅるきゅると悲しげな音が鳴る。
いたずらを叱られた子犬みたいな顔して、不覚にもときめいちゃったじゃない。

「そういうのって卑怯だと思う」

ヘアブラシを置き、一番分厚い上着を掴んで窓辺に歩み寄る。
バンブルビーの目が私の一挙一動を見守っているのを感じる。私がまだ怒っているのか、それとももうお小言タイムは終わりなのか、見定めようとするように。

腰を屈めてこちらを覗き込んでいる顔に向かって微笑みかけると、彼にも今がどちらの時間なのか判断がついたようだった。
巨大な手の平が伸びてくる。乗って、と無言の催促。

「落とさない? 約束する?」

毎度毎度のことではあるけれど、やっぱり高いところは怖いのよ。
「《安心しなさい!》」なんて、バンブルビーは自信満々だし腰に手を当ててポーズなんかつけちゃったりしてるけど、この子は基本的にうっかりさんだから……。
それでも促されるままに手の中に乗り移ると、気を遣ってそっとそっと動いてくれているのがわかって安心した。
手動エレベーターはゆっくりと上昇し、青い目がまっすぐ見える位置で止まった。
バンブルビーのラジオがカリカリと音を立てる。続いて、幼い子供の声。

「《あのさあのさ》《遊びに》《行こうよ! いいでしょ?》」
「ドライブ? うん、いいかもね。ちょっと寒いけど。行き先決めてもいい?……あ、そういえばみんなは元気?」

別に、変な事を聞いたつもりはなかったんだけど。なぜかいきなりバンブルビーが石化した。

「えっ、なに? え?」

その直後、頭に衝撃。ひんやり冷たい人差し指が私の頭頂部をぐりぐり押してくる。

「ちょっやめ……やーめーてーってば。ちょっともうビーのいらっとポイントがわからない。なんなの?」

すると角張った指の一本がこちらに向けられた。

「私?」

うんうんと頷くバンブルビーの指は今度は自分自身に。そのまま私と自分の間を何度も往復させ、「わかった?」というように首を傾げた。

「わかんない」
「《二人》」
「うん?」
「《今ここで……》《きみとぼくの二人でね》」

私とビーしかいないってこと? うん、そりゃそうだ。

「それはわかってるんだけど、話の着地点が見えない」

二人とも同じように首を傾げて、なんだかこれってすごく間抜けな図だと思う。バンブルビーはしばらく困ったように考えていたが、やがてしゃきんと背筋を伸ばして言った。

「《好き!》」
「すっ……!?」

むせた。いきなりすぎて。
好き? 好きって? えっと、それってそういう意味の“好き”ってこと?
バンブルビーが戦闘用のマスクで顔を覆い隠してしまったことから、どうやらそうらしかった。
私は少し考えて彼の手の平から抜け出し、腕を伝って肩にのぼった。

「バンブルビー」

閉じたままのシャッターを叩く。マスクが開いてガラス玉の青が露わになる。

「あのさ、他の人の話しようとしたのが気に入らなかったとか?」

ピンポン、とクイズの正解音が響いた。その軽やかな音色とは裏腹にバンブルビーはまだいじけている。

「そうだよね、せっかく二人きりなんだもんね。……ねえ、ほんとに好き? 私のこと。好きって言ってくれる?」

バンブルビーのお気に入りの音楽が流れ出す。彼は青い瞳をカシャカシャと瞬かせながら、私の頬を自分の頬に押し付けた。

「《好き!》」

明るいリズムはやっぱり秋の朝には不似合いだったけど、私はもうそんなこと気にならないくらい楽しくてくすくす笑った。

「うん、私も好き!」

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