Bloody Berry Strawberry

お腹が空いた、と私の口が言った。意思とは無関係に、気づいたらそうこぼしていた。これでもう何回目になるかしら。

「ちゃんと食べないからでしょ」
「だって」
「イヴは好き嫌いが多いんだから」

くすくすと笑う声。吐息が耳元に吹きかかる。不機嫌な私を後ろから抱きかかえるマリアの腕はすんなりとして細く、人間とまったく同じそれだった。
この現代で私たち人狼が生きる場所はもはやそう多くはなくて、ヒトの姿を借りてヒトのテリトリーに紛れて暮らすのが、もっとも安全で正しいやり方になっている。
本来の姿に戻るのだって好きなときに好きなだけって訳にはいかない。
もちろん今の私も人間を模倣した姿をしていて、だけどこの身体はあちこち窮屈でたまんないから大キライ。

「お腹空いてるんだったら、ほら?」

マリアのよく手入れされた褐色の指先が弾力のある生クリームをすくい取り、私の唇の真ん前で静止する。力の抜けた唇の合間をこじ開けて入ってきた甘い味にはもう飽き飽き。
こんなのじゃなくって、食べるべきものを食べたかった。
なま暖かくて固くて、牙を突き立てれば鉄臭いものが溢れ出し、無理矢理引きちぎるとブチブチと小気味良い食感のする、本来私たちが口にすべき肉を味わいたかった。

「ハロウィンはまだ?」

体を反転させてマリアと真正面から向き合った。ヘーゼル色の吊り目が挑発的に、それでいて暖かい眼差しをもって私を見つめ返す。

「そうね、あと1ヶ月待てば」

私の腰のあたりを支えていた手が背筋を撫でながら這い登り、首根っこを優しく掴まれる。それはまるで私を慰めるように。あるいは叱るように。
ストロベリークリームにまみれた指を舐めるしぐさにみとれていると、マリアは妖しく微笑んで私にもそれを食べるよううながしてきた。
真っ赤なそれが服にこぼれ落ちちゃう前に慌てて口に含めば、きらきら輝く目が三日月みたいに細まって、「美味しい?」と訊いてくる。

「美味しいけど、」

指が押し込まれる。舌に甘すぎる苺の味が塗りたくられて、酔いそうなほど濃厚な砂糖の風味で口の中がいっぱいになる。

「けど?」
「飽きた」
「困った子ね!」

そう言いながらもマリアの形のいい唇は弧を描いている。食べかけのパイ皿をわきへ押しやると、甘さが染み付いた指を自分のスカートでぬぐった。

「そんなに楽しみ?」

もちろん一も二もなくうなずいた。素晴らしきハロウィンは獲物が浮かれ、騒ぎ、すぐ目と鼻の先で誰が殺されたって気にも留めなくなる、私たちにはもってこいのイベントだもの。

「私みたいに狩りが下手くそなのにとってはなおさら。こんなチャンス滅多にないんだから」
「大丈夫だってば!」

マリアはまたしてもくすくすと笑って答えた。白くて丸っこい歯が唇の合間からちらっと覗く。

「そのうち上手になるから頑張ってね。今年の衣装は一緒に選びに行く?」
「いいの? あのね、じゃあね、二人で行きたい!」

一番欲しかった言葉を手に入れた私の気分はたちまち急上昇して、マリアの身体に抱きついた。
ヒトによく似たその身体に。窮屈な容れ物に押し込まれた本当の身体に。

「じゃあこうする? イヴに似合いそうなのを私が選んであげてもいいよ」
「赤ずきんはヤだからね」

脇に押しやられた崩れかけのパイが視界の端に映る。骨のような色をした皿の上で、やけに赤すぎるジャムがどろりと溶けていった。

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