絶叫ストライク

ついさっきの話。
たまにはベランダの掃除でもするかと思ってカーテン開けたらさ、なんかムンクの叫びみたいなマスクつけた黒づくめの変態が携帯片手に佇んでたんだよね。
「あっやべえ見付かった!」みたいな感じで硬直してんのね。
でさ、私ホウキ持ってるじゃん。蜘蛛の巣掃うためのね、持ってるじゃん。突くよね。思いっきり。迷いなく突き落としたよね。
やべえ。


お互いにとって幸いなことに、闖入者は死んでいなかった。
若干くたばりかけのセミみたいになってるけどとりあえずは無事みたいで、私の気配に気がついてズルズル這って逃げようとする。どこへ行こうというのかね。

「落ち着いて、おとなしくして。別にとどめ刺そうってんじゃないんだから」
「い、いきなり二階から突き落としといてそんなの信用できるかよ」

おお、喋る元気もあるようだ。

「ごめん私びっくりすると声より先に手が出るタイプで」
「最低! 人として最低!」

えー……ひとんちのベランダに勝手に上がり込んでる奴にだけは言われたくないなあ。
絶叫マスクの男が自らの理論の不備に気づいているか否かはさておき、いま考えるべきはそこではなく、私はこれからどうするか、だ。

「とりあえず通報?」
「ちょっやめて!」

合皮の手袋をつけた右手が必死で私を引き止める。掴まれた足首もそのままに無言で見下ろしていると、変態男は悲しげな声で言った。

「……わかった、でもその前に手当とかしてくれてもよくないか? 満身創痍だよ?」
「羽化したてのウスバカゲロウ程度には元気に見えるけどね」
「なにそれすぐ死んじゃいそうってこと!?」


「で、バカはさぁ」
「えっ」
「え?“ウスバカゲロウ”を略してみたんだけど気に入らない?」
「待ってそもそも俺ウスバカゲロウじゃない」

細かいことにこだわるなあ、変態のくせに。こっちとしては手当てもしてやったことだし、さっさと警察に突き出して終わりにしたいんだけど。
じゃあどう呼べばいいのと訪ねると、変態マスクは誇らしげに胸をつきだした。ロープで縛られた状態でそんなポーズ、威厳もなにもあったもんじゃないが。

「よくぞ聞いたな! 俺はゴーストフェイス様だ!」
「うん、で、バカはあんなとこで何してたの?」
「聞いて俺の話!」
「なに、して、た、のかな?」
「わかった答えるからホウキを構えるのはやめてお願い。……あのー、あれだよ、ほら、道に……迷って……?」

どんな迷い方だ、どんな。なんかバカすぎてどうでもよくなってきた。家から出ていってくれたらそれでいいやもう。
と言うわけで手足を縛り上げていたロープをほどいてやろうとした矢先、バカフェイスが嬉しそうな声でまた喋り出した。

「でもラッキーだったかもな」
「なにが?」
「いや、こうしてやっとアオイと直接話せてさ! まあ若干予定外だったけど」

……“やっと”?

「いやあ、やっぱ生の声は違うな! 電話越しだともっとこう、堅めかと思ってたけど。新鮮だわー」
「……毎日毎日イタ電してたのはおまえかー!」

前言撤回、やっぱりとどめ刺す。殺すマジ殺す。

「あっちょっ待っ! ぼ、暴力反対暴力反対!」
「うるさい!」

ホウキフルスイングの威力の前にひれ伏せこの変態が!

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