雨宿りの木の下で

勘違いしないでほしいのは、私は別にキャリーに同情している訳ではないということ。
彼女の名前を出せば誰もが冷たい嘲笑を浮かべるか、あるいは唾を吐く……そんな境遇になにも感じていない訳ではないけれど、でも、ただの同情心なら一番最初に「私に構わないで」と背を向けられたときに全てが終わっていたはずでしょう?

その日の事はよく覚えてる。
天気がよくて、程よく暖かい気持ちのいい日だった。
一日の授業が終わり、自宅への、あるいはアルバイト先への道を急ぐ生徒たちが校舎から溢れ出てくる騒がしい時間。
はしゃぐ彼らの波には加わりたくない様子のキャリーは校庭の隅でぽつんと立っていた。
この乾いた空気に溶け込んでしまいたいと願っているかのように、じっと、じっと息を潜めながら。
日差しが細い身体の輪郭を淡くぼかしてゆく。
やがて教科書を胸に抱いて俯きがちに歩き出す彼女を見て、きっと学校も家も好きじゃないんだなって、勝手にそう思った。

——そこまで思い出して、私はふっと前を見た。
青々と茂った葉に守られたここは平和だけど、その外側では未だに雨が降り続いている。
すう、と息を吸い込むと、初夏の生温い空気が肺を満たした。

「ねえ、聞いて?」

キャリーの事が気になるのは、私の大切なものによく似ているからだと思う。
昔飼ってたカナリヤの事なんだけど。
彼女は臆病な鳥で、滅多に鳴いてくれない子だった。たまにさえずる声だってまるで内緒話をするみたいに密やかで……でも私は彼女の声がすごくすごく好きで、よく鳥かごの前で目を閉じて小さな友達の話や歌に耳を傾けたっけ。
私たち、数えきれないくらいの楽しい内緒話をした。
去年、彼女がいなくなってしまうまで、ほとんど毎日。
寂しいけど、寿命だったからね。十分に一緒に居られたと思うし、それに彼女は最後の最後まで密やかで優しい声で話しかけてくれたから私は幸せよ。
キャリーはあの子に似てる。控えめで、優しくて、きれいで、とても素敵な声を持ってる。
もちろんあの子の代わりだなんて思ってないの。最初は似ているから惹かれたけど、でもやっぱり、あなたはたった一人のあなただから。

……というような話を隣に立つキャリー本人にしてみたら、彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情でこちらを見た。
私の知らないあなた。そんな顔もするのね。
葉の隙間からこぼれ落ちる雨がキャリーの華奢な肩を濡らしていたから、私は彼女をそっと引き寄せた。

「だからね、結局何が言いたいかって言うと、あなたの事が大好きなの」

ああ、ほら、また初めて見る表情。

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