錆びて止まる世界

冬の風みたいなかすれた音色が気道を通りぬける。
ああ、本当に怖い時って悲鳴なんて出せないものなんだな、と妙に冷静な思考とは裏腹にがたがた震える体が憎らしい。
白いマスクに青い作業着なんて言う異様な恰好の男から逃げる方向を誤った私は、埃っぽい壁に背中を押し付けて、未だかつてない距離まで迫った死の予感を受け入れきれずにいた。
しゃがみ込む私を見下ろす無表情なマスク、そこに開いた二つの穴はどこまでも暗く深く、その奥に本当に瞳があるのかどうかも疑わしかった。

限界まで早くなった呼吸に押されて胸が痛む。このままだと心臓が破裂して死んでしまうかもしれない。……いや、そっちの方がまだいいなと、男の持つキッチンナイフから滴る血を見て思った。
私の視線を追う男が流れるような動きで自分の右手に目を落とす。次いでゆっくりと開かれる指。派手な音を立てて凶器は床に落ちた。
一体何が起こるのかとただただ震える私の方へ一歩、二歩と近づく男が薄汚れた両腕を持ち上げる。
そうか、絞め殺すつもりだ。気がついたところでどうにもならない。
なにか言葉を吐き出そうと喉は躍起になるけれど、今度もひゅうと掠れた音を出しただけに終わった。
ゆっくりと、見せつけるように迫ってくる両手を直視できずにきつく目を閉じる。
一瞬の間のあと、どさりと大きな音がして、でも覚悟していたような痛みは感じなかった。

恐る恐る瞼を開けるとさっきよりもずっと近い場所に真っ白な顔があって、今度こそ心臓が止まるんじゃないかと思った。
生気のない顔に小さな暗闇。そして——瞳は、そこにあった。虚ろで底は見えないけれど、確かに私を映していた。
力なく膝をつきこちらに腕を差し伸ばす姿は、何かを壊そうとしているんじゃなく何かに縋ろうとしているように見えた。
もしもこの手を取ったら、私はどうなるのだろうか。

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    ハロウィンマイケル
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