お互いの仕事柄、会えない日が続くのなんて珍しいことでもなんでもないし、それをいちいち憂いたり腹を立てたりするほどイザベルは世間知らずではなかったけれど、たまにどうしようもなく感情が爆発してしまうことがある。
たとえば今日のように。
「……」
「……」
無言。まったくの無言が部屋を冷え冷えと満たしていた。張り替えたばかりの障子からお情け程度にこぼれる薄明かりが室内の澱みをますます助長する。
一日じゅう一言も発さないことも珍しくないハンゾーでさえ重苦しく感じるほどのこの時間を作り出したのは、他でもないイザベルだった。
いま彼女はハンゾーの背中をしっかと抱き締め、そのたくましい胸に顔をうずめている。この体勢ですでに数分が経過、いい加減に静寂が耳に痛い。
はたから見ればカップルのロマンティックな一場面でしかないこの光景にまったく似つかわしくないぎくしゃくした空気の二人は、まるで銃を突きつけられでもしているように完全に硬直していた。
イザベルは勢いで柄にもないことをしてしまったと冷や汗の流れる思いで、ハンゾーは相手のこれまでにない行動に驚きすぎて。
彼は腰に回された腕を引きはがすでも抱きしめ返すでもなくただその場に立ち尽くし、端正な顔に当惑を浮かべている。
「……ごめん」
やっとのことで発したイザベルの声は灰色のスーツの胸元で低くくぐもった。
あくまでも冷静を装ったその声、だけど耳の先まで真っ赤にしていてはそれも台無しだ。
イザベルは動き出すタイミングを完全に逸していた。それだけじゃない。理不尽な怒りが喉を詰まらせるから、これ以上言葉ひとつだって生み出せそうになかった。
どこからか吹き込む風が自分の髪を揺らすのを感じ、それが意味もなく恥ずかしく思える。いつもみたいに一つにまとめてくればよかったとイザベルは悔やんだ。
それに相手がさっきから一言も発しないことが更に情けない気持ちを煽るから、もう20センチ上にある顔を直視できる気がしない。
——それなのに。
気づけば彼女は相手の顔を真正面から見上げていた。
突然として持ち上がった両腕にぎこちなく背中を抱かれて反射的に顔をあげてしまった結果だった。
あまりに驚きすぎていよいよ言葉を失っていると今度はあやすようにぽんぽんと撫でられる。ハンゾーの口元には優しい苦笑が浮かんでいた。
突然の目眩がイザベルを襲って、ふらつきそうな足を相手に寄りかかることで制した。
背中に回した腕に力を込める。風がまた前髪を揺らす。きっとこのままどこまでもどこまでも落ちていくのだと思った。