とある苦労人の手記

常々周りから指摘されている通り、俺たちのクラン、《グレイ・クラン》は一種独特である。
よく話の引き合いに出されたり、からかいの種にもなる。
それはなにもゲゼルシャフト(非血族型)クランだからと言うだけの理由ではない。
確かに非血族型クランはそれだけで寄せ集めだの落ちこぼれ集団だのと言いがかりじみた揶揄を浴びやすいものだが、うちの場合はメンバーに原因があることも否めないのが困る。

まず、中軸の立場でありながらマイペース過ぎるロストにはもう少し落ち着きを持ってもらいたいものだ。
(そもそもエルダーを除けばクランを取りまとめる役を担うのはロストのはずなのだが、なぜ俺ばかりがこんな目に……)
シャーマンは逆に落ち着きすぎていて協調性に欠ける。シャドーはいざという時には頼れる男だがやはり自分のペースを重視するタイプだ。
ゴートは生真面目で俺としては一番つき合いやすく、いい相談相手になっている。
クランの中では年少組に入るラムは何を考えているのかよくわからない。なぜいつも突然踊りだすんだ。
奴と仲がいいボア&ストーカー兄弟も若さ故に暴走しがちと言うか……。
全会一致で問題児認定されているハンターは論外も論外。

駄目だ、これでは異端児の寄せ集めクランと呼ばれるのも致し方ない気がしてきた。
それから——ああもうこの際はっきり言おう。一番の“問題”はエルダーにあると。


「しかしエルダー・グレイ……今回はハンターの回収だけというお話だったでしょう」

また胃が痛くなってきた。せっかく平和に過ごしている中にわざわざハンターを連れ戻すと考えるだけでも目眩がするのに「今日は嬢ちゃんの世話になろうかと思う」だって?

もはやこの人が理解できない。少しも。

「おお、そうじゃったかな? まあ堅いこと言わんと。休暇だと思えばええじゃろ。スカウト、お主もたまには休まねば体が持たんぞ」

誰のせいですかと反発できればどんなにいいだろう、だが俺にはもはやそんな気力すら残されていなかった。

どうだろう、これ以上説明する必要は無いと思う。そして俺の苦労をほんの少しでも汲んでもらえればありがたい。
要するにエルダーが、エルダーが自由過ぎる!
痛む胃を押さえながらせめて静かな場所へ逃げようとすると、廊下で“嬢ちゃん”に遭遇した。

「あ、スカウトさん。相変わらずお疲れモードですねー。なにそのオーラのよどみっぷり」

本名はルネ。この家の持ち主で、ハンターが地球にいる間、進んで(もう一度強調するが、進んで、だ。信じられるか?)監視役を引き受けてくれている。
奴がこのところ大した問題も起こさずにいるのは間違いなくルネのおかげだと思っている。俺も、他のメンバーも。
そして、このとんでもない器の広さを気に入ったのか別の理由があるのかは定かではないが、エルダーはルネのことをよく気にかけていた。
おおかた今回の訪問理由もそれだ。ハンターの回収など本当はどうでもよくて、ただ彼女に会いたかっただけに違いない。

俺はルネが両手に何か布地のような物を抱えているのに気づいた。

「あ、これ? タオルケット。昼寝でもしようかと思って」
「お前はなんと言うか……自分の境遇を嘆いたりしないのか?」
「うーん、もう慣れたから。むしろ皆が来てくれると楽しいくらい」
「俺に出来ることは? 世話になる礼だ、なんでも言ってくれ」

一瞬、驚きの反応を示したルネは、かと思うと急に笑い出した。

「じゃあゆっくりしてて、何も気にしないで」

……それじゃ礼にならないんだが。


“ゆっくりする”という行為は思うより難しい。
奴らから離れられるのは嬉しいのだが、しかしいざとなると俺の目の届かない場所で今にも問題が勃発しているのではないかと、そんな余計な事ばかり考えてしまう。
それでもしばらく一人で過ごすと胃の痛みは和らぎ、俺はルネに礼を告げようとその姿を探していた。

ルネは一階の、一番広い部屋にいた。ぐっすり眠り込んでいてとても話が出来るような状態ではなかったが。
いや、まあ、それはいいとしてだな、なぜハンターの腹を枕にしているのか。よくもまあそんなところで……。
呆れて見ているとハンターが目を覚ました。

「ちょ、なにコイツうぜえ」

ならどかせばいいんじゃないか。しかし実際の心中はまんざらでもないのだろう、ハンターはしばらくルネを見つめたあと、そのまままた寝入った。

「……増えとる」

十分後、再び通りかかるとルネの隣でロストが大の字に転がっていた。さすがにハンターに寄りかかるのは嫌だったのか、わざわざ枕代わりのクッションまで持ち込んで。
それからシャドーも。その片足は、間違いなくわざとだろうがハンターのマスクの上に乗せられている。
それでもヤツに起きる気配はないのはさすがと言うか何と言うか。

ロストが寝返りを打ちルネを腕の中に納める。寝言なのかなんなのか、不明瞭な事を呟きながら。
ルネの方も何事かを呻いて身をよじった。

「う、うぃー……」

起きるか?……いや、起きないな。この人間もそうとう図太い神経の持ち主と見た。
しかしまあ暑苦しい図だ。奴らのそばにはちょうどよく大きな窓がある。そこから差し込む陽光が心地よくて集まるのだろうが……。


……また増えていた。

窓のすぐ横の壁にもたれかかるシャーマンと、その反対側に同じように座って眠っているゴートの二人が。
薄暗がりに完璧に溶け込んでるから一瞬驚いたぞ。しかしなんだ、まるで神殿の番人か何かのような配置だな。
そんな事を考えていると、すぐ背後からエルダーの声が飛んできた。いつの間に……毎度の事ではあるが、この人はまったく気配というものを感じさせないので驚く。

「狛犬のようじゃな」

コマイヌ? ってなんだ?

「それにしてもいい気候に恵まれたのう。どれ、わしも一眠りするかの」

言うが早いがエルダーは椅子を引っ張ってきて腰を落ち着けてしまった。そのまま腕を組んで頭を垂れる。
その時、もはや言葉もない俺の肩をぽんと叩くものがあった。

「よう。スカウトじゃん」
「え、なんで? なんで集まってんすか? あ、皆寝てる? 寝てんすか? えーハンターさん大丈夫なんすか? 思いっきり踏まれてるんすけどー」
「ロストなにやってんの、あれ。人間大丈夫?」

振り向くとボアとストーカー、それからラムが立っていた。そういえばしばらく姿が見えなかったな。

「お前達どこへ行ってたんだ? 狩りはいいがあまり騒ぎを起こされると困る」

それにラムはなぜ泥まみれなんだ、そう尋ねるとボアが笑い出した。

「あー、いや、こいつ野良犬に追いかけ回されてて。しかもかじられてやんの。な」
ストーカーが頷く。「そうなんすよ! そんで俺らが助けに行って! マジうける、犬っすよ犬」
「あっちょっバラすなよー!」
「……わかった、わかったからお前達ももう寝てくれ……」

どいつもこいつも、本当に……!

とは言いつつも、だ。少し離れた場所から平和ボケした光景を眺めながら、俺は次第にこれも悪くはないのではと考え始めていた。
一人の人間を囲んでガタイのいい男どもが固まって寝ているのは客観的に見て相当気持ちが悪いとはいえ、まあ静かなのはいい事だ。
一日くらいなら、こんな日があってもいいように思う。

そうこうしているうちにルネが目を覚ましたようだ。
状況を飲み込むまでにざっと15秒かかった後、最初に彼女がしたのは自分にがっちり張り付いているロストに顔をしかめる事だった。俺が見ている事には気づいていない。

「なにこのプレデターの巣状態……意味分からんロスト超ジャマ重いー!」

起きたいルネとまだ寝ていたいロスト。ルネはロストを引きはがそうと奮闘するが力の差は歴然で、結局は見かねたエルダーがルネを引っ張りだしてやる事で決着がついた。

「ふぅ……どうもありがとうございます」

他の者を起こさないように、ルネが小声で礼を述べる。
エルダーもそれに応えてルネの頭を撫でた。お気に入りの相手を前にしてすっかり上機嫌のようだ。
が、悲しい事に、エルダーの上機嫌は俺に幸運をもたらしてはくれない。いつもいつも。
案の定、相形を崩すエルダーは恐ろしい言葉を吐いた——

「もう二、三日泊まって行くかのぉ」

この人は俺の胃に穴を開けたいに違いない。

2013-06-12T12:00:00+00:00

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