五分前の私ってば、何であんなこと聞いたりしちゃったんだろ。バカだな、おかげでこんな困ったことになっちゃって。
もうほんと後悔してる。
「ライフルってどうやって使うの」なんて訊かなきゃよかった、って。
「——それでここを回せば……」
真剣な声をしたイザベルの指が私の指に重なって、ぎざぎざのダイヤルをゆっくりと手前に回させる。
私が覗いているスコープの中で十字の線が入った風景がなめらかに動いたかと思うと、ずっと向こうの樹の幹が近づいた。
「どう? これで遠くまで見えるようになったはず」
間近に聞こえる声には隠しきれない誇らしさが滲む。私はイザベルの少しぶっきらぼうな喋り方と、意外にも豊かな声音が大好きだった。
「うん、確かに。……あ、スタンズがいる。目立つなー、オレンジ色。撃ってもいい?」
「弾の無駄」
ふっと笑うイザベルの吐息が耳元をくすぐった。ただそれだけのことで、また私の脳は焼け焦げる。
じんと疼くような感覚に思わず力が抜けてしまい、わずかに銃身が下がった。もちろん講師モードに入っているイザベルがそれを見過ごすはずはなく、そもそも弾を抜いてある銃身を下側から支え直すと「肩に力を入れすぎると筋肉が震えるよ」と私を叱った。
横目で伺い見る表情は真剣そのもので、私もそれに応えるべく頭のもやを振り払おうとした——無駄な努力でしかなかったけど。
「えっと、スタンドとかは使わないの? 三脚みたいなの、見たことあるよ?」
「あれはバイポッドって言って……あまり動かない相手を狙ったり要撃するには便利だけど」
「ああ、そっか。今だと逆に邪魔になっちゃうんだね」
「そう。ほら、左腕はもっとまっすぐ。脇は締める。引き金をひく時は……」
イザベルは決して大柄な方ではないのに、私の二の腕を支えてくれる手は驚くほど力強い。指の先にまで意思のこもったかっこいい手。
それに比べて私ときたら今にも軟体動物に変身してもおかしくないくらいだ。頭がぼーっとして重たくてしかたない。
膝から崩れ落ちてしまいそうで、でもいっそのことそう出来たらいいのにって思う。イザベルの胸にもたれかかれたら。
「ニーナ。ちゃんと聞いてる?」
「き、聞いてる」
ぜんぜん頭に入ってこないだけ。
まるで目の前に白いもやがかかったみたいに、スコープ越しの風景にピントが合わせられない。
熱が出たみたいにグラグラするのにどうしようもなく気持ちよくって、ずっとずっとこの瞬間が続けばいいのに……でもそんなことになったら私の心臓がもたないよね、きっと。
「これは?」
自分の気をそらすために、スコープと一体化したリモコン様のものを指差した。
だけどそれは完全に失敗だったと思う。なぜならそれについて説明してくれるために、イザベルはもっと身を寄せてきたのだから。ほとんど頬が触れ合いそうな距離まで、一気に。
イザベルの首筋から立ちのぼる汗の匂いを感じた瞬間、身体の下の方がズキズキ脈打つのが止まらなくなって思わず両目を閉じた。
——私、この人に欲情してる。
「これは映像を撮影するボタン。こっちは照準の誤差を修正するのに使う。天候や風向きでどうしてもズレが生じるからね」
「そ、そうなん、だ。すごい……」
イザベルの端的な説明も今の私にはほとんど理解不能だった。目のふちが熱くて涙が出そう。頭の中がいっぱいで苦しい。妄想がこびりついて離れない。
唾を飲み込もうとしたけど、うまくいかなくて首をすくめた。
「あの、イザベル……」
「どうかした?」
今まさに頭の中で犯されてるだなんて知る由もないイザベルの口許には警戒心はこれっぽっちも浮かんでいない。
その唇を舐めてみたい。こじ開けて舌を入れてみたい。胸を掴んで、腰を、脚を、その間に触ってみたい。
「なんでもない」
こんな場違いな幸せにうなされるくらいだったらいっそ撃ち抜いてほしいよ、ねえ。