助手と休憩時間

ダン、ダン、ダン——
ボールが床を叩く規則的なリズムが、オリガ号のトレーニングルームに反響する。
その合間に聞こえるのは二人分の人間の靴音と息づかい、それからゼノモーフが上機嫌に喉を鳴らす音だ。

大きくバウンドしたバスケットボールを両手でキャッチしたステラはいつもの無骨な白衣を脱ぎさって、若々しい肉体を惜しげもなくさらしている。
日頃から体力有り余るゼノモーフたちの遊び相手を務めているだけあって、身のこなしは機敏だった。
だがそこで、さらに鍛えられた肉体のリプリーが横からボールをかすめ取る。
「あっ」と声を上げたステラは再び主導権を奪い返そうと躍起になったが、身長180センチのリプリーが高々と腕を天に差し伸ばすと、もはやどうやっても届きそうにない。

「身長差の分ハンデをくださってもいいと思うんですけど」

リプリーは答える代わりに鼻を鳴らしただけだった。
その手から放たれたボールは優雅な軌道をえがいて、音もなく空気を裂き——はるか遠くのゴールポストをまっすぐ貫いた。

アーチ型天井の細長い部屋で繰り広げられる、そのにわかには信じがたい光景を、丸扉の出入り口を背に立つ二人の男も目撃していた。
片方は胸にきらびやかな勲章がいくつも並んだ軍服を、もう片方は勲章の代わりに連合軍の刺繍が施されたロング丈の白衣を身に着けている。
白衣の男は灰色まじりの髪を後ろでひとつに束ねており、金属の髪留めが人工灯をはね返して光っていた。
彼は名をジョナサン・ゲディマンと言い、いまニューウォーリアーの尻尾に巻き付かれてもがいているステラの直属の上司に当たる。
リプリー8号の目覚ましい身体能力の向上にか、それともニューウォーリアーの流麗な身のこなしにか、ゲディマンは満足げに頷いた。

「素晴らしい」

しかし勲章の支配者でありこの船の支配者でもあるペレズ将軍の表情は変わらず苦々しいままである。
彼はこの状況がすこぶる気に入らなかった。危険極まりない実験サンプルが二体も自由に船内を歩き回っている事実も、それを見張る役目がいかにも無能そうな小娘だということも。

「あれはなんだ?」
「8号とうちの助手と……ニューウォーリアーちゃんです」
「ちゃん!?」

厳格な将軍は思わず声をうわずらせた。
するとその声でやっと二人の存在に気づいたのか、ステラが振り向いた。ボールを置いてこちらに近づいてくる。

「おはようございます、博士」それからペレズにはこう付け加えた。「サー」

しかしペレズの目には、うやうやしい言葉とは裏腹に、娘は自分に対してこれっぽっちも敬意を抱いていないように映った——他の大勢の科学者どもと同じく。
彼は冴えない色のスウェットシャツに押し込められたステラの肉体につかの間視線を走らせたが、いくら若くて恵まれた体つきをしていても、従順さに欠ける女は好みではなかった。
ペレズの目下の関心と言えば、部屋の奥で器用にボールを操るリプリーが、さきほど見せつけた抜群のコントロール能力で巨大な弾丸をこちらに向けて放ってくるのではないかということだけだ。
そんなそぶりをほんの僅かでも見せてみろ、お前は一生あの狭い監禁棟暮らしだ。ペレズはその警告をリプリーの頭にねじ込もうとするかのように、間隔の狭い目で彼女をきつく睨みつけた。
そのとき視界の端で何かがさっと動いたので、背筋を伸ばした将軍は思わずぎくりとして腰に手をやった。
だがそこに銃はなかったし、動いたのはリプリー8号でも怪物でもなく娘の左腕だった。

「時間までもう少しここに居ても構わないですか?」

地球と同じ24時間周期が採用された小型の腕時計から視線を上げて、ステラはゲディマンの返事を待つ。
始業にはまだ若干の余裕があるから問題はないはずだ……が、待てど暮らせど上司からの返答はない。それ以前に、そもそもゲディマンはステラの方を見てすらいなかった。
研究者の目は、部屋の向こう側で身をくねらせてリプリーに甘えるニューウォーリアーの一挙一動に釘付けになっている。
愛するゼノモーフを前にしたゲディマンの脳内からは部下の存在も、ペレズとやり交わしている最中だった話の内容——今後の研究方針についての熱の入った弁論——も、完全に霧散していた。

「ちょっと博士、聞いてます? 博士ー、はーかーせー。意図的に無視してません?」

そうとしか思えない。ステラはしかめた顔のまま将軍に向き直った。

「恐れ入りますが、サー、この人を最上階の角部屋に連行したうえでエレベーターシャフトを軒並み停止していただけますか。戻ってこられないように」
「おい待て、きみは上司に向かって何を……それも将軍の前でだぞ、わかってるのか?」

ステラより頭半個ぶんほど背の高いゲディマンはのしかかるように身を乗り出して忠告したが、ステラの表情は少しも揺るがない。

「私だって大人ですから上司を立てるべき場面くらい心得てますけど今は絶対その時じゃないですよ! それに博士、私の仕事をお忘れですか?」

白髪まじりの博士は訳がわからないというように眉を寄せて、相手の言葉の続きを待った。

「ありとあらゆる脅威や変態や危機や変態からリプリーさんとニューウォーリアーたちを護ることです」
「きみほどクビを恐れない人間は他に類を見ないな!?」
「思い違いですよ。博士のこととは言ってません」

トレードマークでもある涼しい表情を崩さないまま、ステラはひょいと肩をすくめた。
そしてそれとほぼ同時のタイミングで、長らく蚊帳の外に置かれていたリプリーがバスケットボールを床でバウンドさせることで三人の注意を引いた。
リズミカルに床を叩き続ける長身の女は、いかにも退屈を持て余した顔をしている。

「ここは会議室じゃないんだけど。あなたたち部屋を間違えてるんじゃない?」

傍らのゼノモーフに合図めいた目線を送る。
祖母と孫の間にどんな無言のやりとりが交わされたのか人間たちには知る由もなかったが、ニューウォーリアーが急にこちらに駆け寄ってきたことから、何らかの命令と承諾があったのは間違いないようだ。

「きゃ」

ステラが短い悲鳴を漏らしたのは、ニューウォーリアーが突然腕の中に走って飛び込んできたせいだ。
とまどいながらも体勢を立て直し、問いかけるようにして細長い頭の生き物を見つめるが、返ってきたのは突然のキスだった。
ニューウォーリアーは他の二人に見せつけるかのようにしてステラの頬に自分の頬をすり寄せた。
心底羨ましそうなゲディマンの反応も、心底不愉快そうなペレズの反応もどちらも面白くてしかたがないと言うように。

「ああ……お前はなんと愛らしいんだ。さあおいで私が……」
「ちょっと博士、よだれ出てるんでやめてください。というか本当に危ないですよ」

ゲディマンが不届きにも腕を差し伸ばそうとするのを、ステラは呆れ気味にとがめた。
彼がこれまで自分とニューウォーリアーのあいだに築き上げてきた“嫌われ歴史”のひとつでも覚えていれば、決してそんな軽率な行為は取らないはずなのだが。
案の定、鼻息の荒い博士はキスではなく力強い尻尾の一撃をたまわった。

「あっ。だから言ったのに」

しかし下手をすれば骨折していてもおかしくない一撃に博士が動じた様子はない。
それどころかまだ隙を見てニューウォーリアーに触ってやろうとたくらんでいるらしく、ステラはここが凄惨な事故現場になる前にさりげなくニューウォーリアーを自分の背後に隠した。
そして危惧するような表情を浮かべているペレズに向かって、事も無げに言ってのける。

「ご心配なく、サー。いつものことですから」

またボールをバウンドさせる音。
揃って振り返った先ではリプリーが挑戦的な笑みを浮かべている。
リプリーの強靭な肩にぐっと力がこもり、その瞳が狙撃主のように細まったかと思うと、少し前に将軍が想像した通り、ボールの弾丸がこちらめがけて飛んできた。
しかしどうやら狙いは船の権力者ではなくステラだったらしい。両手でボールをキャッチした年若い助手の目が輝き、その眼差しが一点に集中する。
まるでその瞬間、さきほどのゲディマンと同じように、脳裏から余計な要素の全てが一切消え失せたかのように。

「次は負けませんよ」
「そう?」

思い思いの反応を浮かべる二人の外野を置き去りに、第二ラウンドの開始に気持ちを奮い立たせるニューウォーリアーを引き連れたステラはリプリーのもとへと駆け寄った。

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