リアリストはそう語る

そこはかとない畏怖の念を抱きながら、ハンゾーは女の体を撫でていた。
いま自分の膝の上ですやすや眠っているアオイの骨張った肩が、彼はとりわけ好きだった。
手のひらにすっぽり収まってしまうくらい細いのに、アオイの優しい性格も強がりなところも、全てがこの三つの骨の連なりに凝縮されているような気がする。
それはまさに芸術、過去に抱いたどの女のそれより健気で美しいとさえ思う。
かといって、アオイをそういった対象として見ているわけではない。だから彼は、肩から下には決して手を触れようとしなかった。

これまで幾度となく答えを探してきた疑問が今一度頭をもたげる——一体、自分はアオイをどう思っているのだろうと。
これが性愛でないのは自信を持って断言できる。かと言って友情と呼ぶにも違和感があり、であればこれは家族愛なのだろうか。
親代わりとなって育ててきた相手に対する感情としては、それが一番正しい表現かもしれない。
もっとも、本当の家族を知らない自分がそんな感情を抱くなどとは、我ながら不思議ではあったが。

「ん……」

少し肌寒くなってきたためだろうか、アオイが目を覚ましたようだ。
声とも吐息ともつかぬかすかな音を合図に、いかにもだるそうに体がくねる。
その動きを妨げぬよう、左手を彼女の肩からそっとどかしたハンゾーは、アオイが指先を丸めて猫のようにぐううっと背中を反らせる姿を見守った。

「うあ……ごめん、よだれ……」

ううん、ともう一度唸ったあと、顔の向きを変えてこちらを見上げたアオイの瞳はまだいくらか眠たそうだったが、それでも、枕代わりにしていた灰色のスラックスの色が一部分だけ濃く変色していることには気づいたらしい。
構わない、と答える代わりにハンゾーは微笑んだ。

「いま何時?」

寝ぼけた声でアオイはそう訊ね、返事を聞くと驚いて目をしばたたかせた。重かったでしょと言う声はいかにも申し訳なさそうだ。
ハンゾーはまたしてもさりげない笑みを返した。長年他人を脅すことにしか使っていなかった表情だが、最近では正しい用法を取り戻しつつある。

「んー! お腹空いた」

アオイがもう一度ぐっと背を伸ばしたかと思うと、寝起きの暖かい手に右手を握られた。揃いの指輪がぶつかって、カチッと音を立てる。
アオイの顔からは気だるい気配は消え失せて、代わりに彼にとっては馴染み深く厄介な、甘えるような表情が浮かんでいた。

「……ん?」
「ご飯作って。おいしいの。おねがーい」

またしても、あのどうしようもない感情が胸を打つ。
彼はときどき痛感するのだ。自分はこの先一生、この可愛い小娘に勝てないのかもしれないな、と。

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