閉ざされたふたりのシェルター

彼はどこか遠い遠い場所からやってきたひと。
いつでも獣と雨と土のにおいをさせている彼は、私の知らない色に文字、たくさんの武器と傷跡、それから秘密を纏っている。
謎ばかりの彼について知っていることはそう多くはないけれど、ゼロってわけじゃない。
——たとえば、窓辺が好きだとか。

そこから吹き込む風が好きなのか、遠くまで景色が見通せるからか、あるいは逆にすぐそばの通りが一目で見下ろせるからなのか……理由は判然としないが、とにかく、彼は家にいる時間のほとんどを窓辺で過ごしていた。
一体何を捜しているのだろうと、ときどき風船みたいに好奇心が膨れ上がる。
けれどもいつの間にか出来上がっていた『訊いてはいけない』という暗黙のルールを破る勇気は私にはなかった。

彼のお気に入りの窓がある二階の小部屋は季節や時間を問わずいつでもぼんやりと薄暗い。
幽霊でも出そうな雰囲気のせいか、私は子供の頃からこの部屋が嫌いで決して近づこうとしなかった。それが今はどうだ、幽霊どころか身長二メートルの人型爬虫類が住み着いているなんて。
幽霊の住家を奪った異星人は今日も変わらず静かに“秘密”を眺めている。部屋の反対側に置いたロッキングチェアからは彼しか見えず、私は広い背中やたくましい肩を飽きずに眺めては、なんとなく恥ずかしくなって目を逸らしたりもした。
私たちの視線は、ほとんどいつも一方通行なのだ。

やがてじわりじわりと彼の肌が燃えるように輝きはじめて、もうすぐ日が落ちるのだと知った。いつも夜の始まりと共に彼はどこかへ出掛ける。私の知らない場所へ、私の知らない仕事をするために。
一緒に連れていってほしいと何度となく願うけれど、『求めてはいけない』という新たなルールが制定されてしまうのが怖くて結局いつも口には出せない。

本当はあなたの秘密の内側へ入りたいのに。

「ウルフ」と名前を呼ぶと、夕映えのマスクが振り返る。その額に刻まれた文字の一つひとつまでがもどかしいまでの謎に満ちていて、彼は本当に頭から爪先まで秘密だらけのひとだった。
無機質なマスクを通してもなおその鋭い視線はいささかも曇ることはなく、真正面から見据えられた心臓が痛いくらいに高鳴る。
いっそ彼に聞こえてしまえばいいのになんて破れかぶれになるけれど、私のそばを大股に通り抜ける大きな体は何の反応も示さない。
「行ってくる」の代わりに低く喉を鳴らす彼からは、やっぱり獣と雨と土のにおいがした。

ねえ、いつかそうしてもいいと思える日が来たら、銃口をまっすぐ私に向けて、くだらないルールや秘密ごとこの心臓を撃ち抜いてほしい。

「いってらっしゃい、ウルフ」

どうか、一撃で射止めてみせて。

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