空気の流れる音すら聞き取れそうな静寂。これほどまでに静かな空間というものを、“彼ら”三名のうちの誰ひとりとして経験したことがなかった。
この張り詰めた空気を打ち破ったのは怒りの色を存分に湛えたアオイの一言で、彼女の声は恐ろしく低かった。
「言い訳があるなら一応聞いてあげる」
途端に横一列に並んで座らされた三名のプレデターが一斉に弁解を始める。各々のマスクに記録された誰のものかもわからない声の洪水に押されたアオイがわずかにたじろいだ。
「私聖徳太子じゃないから。一人ずつ話してくれる?」
また我先にと喋り始めようとするのを手で制する。
「スカーから順番に」
彼の申し立ては至ってシンプルで、自分は見ていただけだから関係ない、の一言で終わった。
打って変わって二番手のチョッパーは多弁で、両隣の二人にぶつかるのも構わず腕を振り回している。延々と続くたどたどしい言葉を要約すると、「力加減を知らないケルティックが悪い」
さて、水を向けられたかたちのケルティックだが、彼にしてみても自分一人が責任を被るつもりはさらさらないらしく、マスクの下からチョッパーを睨みつけたままこいつが弱いのが悪いんだと不機嫌そうにやり返した。
そこにスカーがやはりぎこちない地球の言語で「最初にふっかけたのはチョッパーだった」と付け足す。
自分だけは安全圏だとたかをくくるもの、決まり悪そうに体を動かすもの、事の成り行きを見守るもの……三者三様のプレデターを見下ろし、アオイは深々とため息をついた。
「わかった」
思いのほか静かな言葉を意外に思った三人が顔を上げた。もう怒ってはいないのだろうか。
……いや、甘かったようだ。彼らのほのかな期待は再び口を開いた彼女の刺々しい声によって打ち砕かれた。
「あのさ、私チョッパーがマグカップ四つ連続で割ったのもケルが物置のドア吹っ飛ばしたのもスカーが本棚倒したのも許してあげたよね? それからこの間窓割った時もそんなに怒らなかったよね?」
アオイはここで一旦言葉を切って、三人が頷くのを確認すると大きく息を吸い込んだ。
「だけど二枚目ってなんだ、二枚目って!」
そう叫んで指差す先には今朝磨いたばかりの窓ガラスが——なかった。あるはずのものは窓枠からすっぽり抜け落ち、粉々に砕けて庭の地面に散らばっている。
原因は体力を持て余した若者二名による取っ組み合いだ。もちろん本気の乱闘ではなく、彼らにしてみればちょっとしたじゃれあいというか肩慣らし程度のつもりだったのだが、いかんせんプレデターの体格や体重は人間のそれとは比べものにならない。
重装備で固めた重たい体が——それも、もう一人の手によって勢いよく投げ飛ばされた体がぶつかれば壁は揺れるし時計は落ちるしガラスだって割れる。……そうして今回の問題が持ち上がったと言うわけだ。
そもそも自分達がぶつかっただけで壊れるような脆い地球の建造物が悪いのだと言いたいところだが、それが火に油を注ぐ結果にしかならないことは彼らにもわかっているので口には出さない。
「喧嘩ふっかけるのも買うのもそれを止めないのも悪い! 連帯責任!」
まさかの結論に端の二人が不満も露わに喉奥で唸る。チョッパーだけは自分一人が責任を問われずに済んだことに安堵している様子だ。
「とりあえずガラス片付けてきて。はい、ちゃっちゃと動く!」
ぱんぱんと鳴る手の音に急かされチョッパーが慌てて、スカーとケルティックは渋々立ち上がる。
ところが、いくら屈強なプレデターと言えど長時間の正座はやはり厳しかった。
痺れた足をもつれさせチョッパーが大きくよろめく。咄嗟にスカーの肩を掴むが、脚に負ったダメージは彼にしても同じだった。ケルティックが伸ばした腕もわずかに間に合わない。
そして、とうとう倒れ込んだ二人の背中で響くがしゃんという嫌な音。
「……全、員、でてけー!」
この時ほど地球人を恐ろしいと思ったことはないと、のちに三人は語ったという。