迂闊なやくそく

テレビが点いている、とジェイソンは思った。
その短い思考には一欠けらの感慨もなく、ただ目にしたありのままの事実が浮かんだに過ぎない。
自分の足元で痙攣する肉体にもはやなんの興味もそそられないように、ジェイソンにとってはテレビが点いていようがいまいがどうでもいいことだった。

そういう訳だから、もしも古ぼけたブラウン管の中から白いワンピース姿の女が這い出てきたりしなければ、ジェイソンはとっくにこの家を立ち去っていただろう。

すでに死人となった彼の膿んだ脳でもそれがとんでもなく異常な事態であることは理解できた。
今や完全に画面の向こうから抜け出た女はぎくしゃくした気味の悪い動きで立ち上がり、ジェイソンの方へと一歩、また一歩と着実に近づきつつある。

きたるべき攻撃に備え、ジェイソンは愛用の鉈をきつく握り直した。——ところがである。どういう訳か、彼まであと数歩というところで女が突然立ち止まってしまったのだ。
どうしたらいいのかわからず首を傾げるばかりのジェイソンと女の間に無言の数秒がわだかまる。

「……あのう、ビデオ見た人じゃないですよね」

やがて沈黙を打ち破ったのは女の方で、彼女は青ざめた顔を半ば覆い隠す黒髪の隙間からおずおずとホッケーマスクを見上げた。

「ええと、私はこの家の人に用事が……ああっ、ひどい!」

ここにきてようやく、彼女は床に転がる男女の存在に気づいたようだった。情事の最中だったのか全裸のままずたずたに切り裂かれた二つの死体から視線を逸らし、ワンピースの女ががくりと肩を落とす。

「せっかく久しぶりに……今時ビデオ見てくれる人自体珍しいのに……」

それがあまりに悲嘆に暮れた声だったので、ジェイソンは申し訳ないような気持ちに苛まれ、気がつけば自分でも訳のわからぬままにふて腐れる女の頭を撫でていた。
まるでぬいぐるみでも愛でるかのような遠慮のない手つきに髪を掻き乱され、女はますます顔をしかめる。
しかしそこはノーと言えない日本人、内気な彼女は殺人鬼の掌を払いのけることすら出来ずにただただ困り果てるのだ。

「あ、あの、すみません……もういいです、気にしてませんから……」

大きな手でぐらぐらと頭を揺られながらやっとのことでそれだけ告げると、ジェイソンはあっさりと手を引っ込めた。
存外素直な彼の行動に幽霊はほっと息を吐き、それとわからぬ程度の笑みを浮かべた。それから乱れた髪もそのままにテレビに向かって歩きだす。

「仕方ないのでもう帰ります」

彼女は出てきたときと同様に静かにブラウン管の中に吸い込まれていく。やがてその小さな爪先さえも完全に消えた——と思った矢先、女は画面からひょっこりと頭だけを突き出して戻った。

「あなたのこと、いま思い出しました。……ジェイソンさん」

そして先ほどよりも柔らかく笑み、「また会えたらいいですね」と恥ずかしそうに手を振ると今度こそテレビの中へと帰っていった。
室内には静寂が戻り、残されたホッケーマスクの殺人鬼はといえば、なんとなく寂しいような、それでいて楽しみなような、今までに経験したことのない不思議な気持ちを持て余し、人の気配の消えた部屋にいつまでもいつまでも立ち尽くしていたのだった。

2012-05-12T12:00:00+00:00

    拍手ありがとうございます!とても嬉しいです!

    小説のリクエストは100%お応えできるとは限りませんが、思いついた順に書かせていただいています。

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