博士と助手

研究室から緊急の呼び出しがかかって、途中だった昼食も放り出し大慌てですっ飛んでいくと、室内ではジョナサン・ゲディマン博士がこちらに背中を向けて立っていた。
緊急だというわりに他の博士たちの姿が見当たらないことを不思議に思いつつ、私は恐る恐る、変わり者の男に声をかける。

「あの、どうかなさいましたか」

ふむ、と博士が唸る。彼はその視線を目の前の透明の箱に釘付けにしたまま答えた。

「クイーンの成長具合が芳しくないようだ」
「はあ……ちょっと失礼します」

朝は普通だったけどなと訝りながら強化プラスチックの保育器を覗き込むと、なるほど確かに予定よりも成長が遅れているらしいクイーンがふて腐れたように床に伏せている。
大きさは子猫程度で、いくらクイーンの成長速度が他のゼノモーフより遅いと言っても本来ならばこの二、三倍程度になっていてもおかしくないのに。

「元気がないですね。計器は正常みたいですけど」

保育器の環境を保つ機械類は朝と変わらず勤勉に働いている。
ゼノモーフは病とは無縁だから、考えられるとすれば……

「じゃあ明らかに博士のせいじゃないですか!」
「なに?」

失礼なことを、と振り向くゲディマン博士の表情は厳しいが、ショーウインドーにかじりつく子供よろしくケースの壁に両手をはり付けたままではあまりにも説得力に欠けるというものだ。
他の人たちの姿が見えないのも、おおかたこの変態……いや、風変わりな博士が人払いをしたからに違いない。クイーンと二人きりになりたいとか、そんな理由で。

「とりあえずその手をどけてくださいクイーンが怯えてます! ストレスでハゲたらどうするんですか……ってああっ、よく見たらなんか色が薄い!」

ちょっと出しますよ、と言って博士の返事も待たずにロックを外し、保育器から小さな身体を抱き上げる。
弱々しく喉を鳴らし、ほっとしたように服にしがみついてくるクイーンの愛らしさに思わず頬が緩んだ。

「よしよし、怖かったですねーもう大丈夫ですよー。ところで博士、もしかして朝からずっとここに……?」
「当然だろう、私の仕事はクイーンを観察し無事に成長させることなのだから」
「衰弱死させることじゃなく? あとじりじり近づいてくるのやめてください怖いです」

私にも抱かせてくれないかと鼻息の荒い博士は失礼ながら大変気持ち悪い。
猫みたいに背中を丸めて威嚇の唸りをあげる幼い女王陛下に同情を覚えつつ、私は我ながら素っ気ない口調で「ダメです」と博士に背を向けた。

「ついでにリプリーさんに見せてきますね」

去り際の私の言葉が床にくずおれる彼の耳に届いたかどうかはわからない。


エレン・リプリー中尉——正確には彼女のクローン——はあてがわれた部屋の中を退屈そうに行ったり来たりしていた。
私と、私の腕の中のクイーンを確認するなり、わずかに目を見開く。

「私の子……女王。まだ小さいのね」
「ああ、それはゲディマン博士が一日中べーったりでストレスを与えているせいで」

だからちょっと息抜きが必要かなと思ってお連れしたんですよ、と白い腕にクイーンを預けると、幼い女王陛下は途端に上機嫌になり、母乳を欲しがる赤子のようにリプリーさんの指を吸った。
また、対する彼女の瞳にもしっかりと母性の色が宿っていることにも、私はすぐさま気がついた。傍目にはどう映ろうが、この二人は間違いなく親子なのだ。
それに嫉妬心を覚える私はやっぱりおかしいんだろうな。いつの間にか博士の毒気にやられてしまったのだろうか。
そんなことを考えていたら、部屋の扉が開いて毒気の持ち主が滑り込んできた。

「私のクイーンは無事かね!?」
「あなたのじゃない」

私とリプリーの声は見事に重なって、更に「シャーッ」と威嚇の声を上げるクイーンも十中八九同じことを言っているのだろうな、と思った。

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