レゾンデートル

一月も後半に差し掛かったある日の午後、空はどんよりと曇り、街を行き交う人々の背中も、ビルの壁も、メッセンジャーが駆る自転車もくすんで見えた。
赤っぽいレンガ敷きの歩道を並んで歩く二人の男女の靴も、例に漏れず灰色に濁っている。
靴の持ち主は片方は人間で、もう片方は機械仕掛けのヒューマノイド。
買い物帰りの二人はそれぞれひとつずつ紙袋を抱えていて、それが時折かさかさと音を立てるほかは無言だった。どちらももともと多弁な方ではない。
ふいに冷たい風が吹き付けたせいでニーナは首をすくめた。

「寒いね」
「ああ、確かに」

ビショップも頷いて応じる。とはいえ機械の彼はどれだけ冷たい風に吹きさらされようと、肌を粟立てる事はない。
彼が感じ取ったのは数値化された情報で、それを元に電子回路を働かせ、『確かにこの気温なら人間は寒さを感じるだろう』と認識したのだった。

「手でも繋ぐかい?」
「手?」

笑いと驚きを含んだ声で、ニーナが問い返す。

「人間ならそうすると判断したんだが、おかしかったかな」
「おかしいって言うか、恋人同士とかならそうなるだろうけど……」
「そうか」

それだけ言うと、ビショップは宙に浮いたままの右手を引っ込めた。ただ納得だけを秘めた無味乾燥な声だった。怒っているわけでもなければ、残念がるふうでもない。

「……ビショップ」
「うん?」
「やっぱり寒いから繋ぐ」
「いいよ」

ビショップの手はひんやりしていた。
ニーナはふと考える——この手は造られたものなのだと。ジュラルミン材の骨と様々な電子部品を人工皮膚でコーティングしただけのまがい物。人間を真似た、なにか別の存在。
彼の爪は伸びないし、指先の皮膚が固くなることもなければ手の平の皺が深まることもない。彼の時間は完全に止まっている。
完璧なかたちで留め置かれるのは琥珀の中の虫みたいに孤独だろうとニーナは思う。もちろん、いまどきヒューマノイドの存在を“寂しく”思う方がおかしいのはわかっている。憐れむのは間違いだ。
だけど——
ビショップが何か言っていることに気がついて、ニーナははっと顔を上げた。

「ごめん、なんて?」
「楽しいかい」
「え」
「わたしは楽しいよ。君と歩くのも手を繋ぐのも」

どちらともなく足を止め、ふたりの視線が絡んだ。
ヒューマノイドが剃刀のように鋭い眼差しをふと緩めて「君と過ごすのは面白いからね」と言ったとき、ニーナは自分の考えがまるで間違っていたことを知った。
飼い猫を病で失ってわんわん泣いていたとき寄り添っていてくれたのは他でもないビショップで、痩せた亡きがらを一番いい場所に埋めてくれたのも彼なのに。
風邪をひいたと言ったら「わたしにはうつらないから平気だ」と看病に来て、今日だって、自分は食べない夕食のために一緒になってレシピを考えてくれた。
この優しさが“まがい物”?“人間の真似事”? これでも彼の時間は止まっていると?
好きなもの嫌いなもの、嬉しいこと悲しいことを分かち合いながら一緒に生きてきたのに。

「ビショップ」
「どうした?」

ニーナはヒューマノイドの手をぐいと引っぱって笑った。

「やっぱり寒いよ。早く帰ろ」
「ああ、そうだな」
「夕飯作るの手伝って」
「君一人に任せるとキッチンが戦場になるからね」
「あ、ひどい」

ビショップは琥珀の方だった。積み重ねた優しさでだれかを守る強い宝石。
そしてニーナは、すこしも孤独ではなかった。

    拍手ありがとうございます!とても嬉しいです!

    小説のリクエストは100%お応えできるとは限りませんが、思いついた順に書かせていただいています。

    選択式ひとこと

    お名前

    メッセージ



    エイリアン2エイリアンシリーズビショップ
    うりをフォローする
    タイトルとURLをコピーしました