真夜中デート

「フレデリカちゃーん! デートしよう!」

今まさに本日の獲物に向かって凶器を振り下ろさんとしていたフレデリカ・クルーガーは、突如響きわたった場違いな声に驚いて振り返った。
声の正体など確認するまでもないが、それでも次の一言と展開だけはフレディにとってもまったくの予想外であった。

「もちろん現実で!」

避ける間もなかった。
フレディの華奢な体は、彼女の胸に力いっぱい飛び込んできた少女と共に後方へ吹き飛んで、ボイラー室の手すりを乗り越え——固い床めがけて真っ逆さまに落下した。

次にフレディが目を開けると、そこはもう薄汚れたボイラー室などではなかった。彼女が目をつぶった一瞬の間に、蛇行するパイプの群れも熱く湿った蒸気も跡形なく掻き消えていた。
代わりに視界に映るのは、白い天井を背にこちらを覗き込むニーナの顔。

「大丈夫?」
「ニーナ……お前、よくも邪魔してくれたな。ちくしょう、もう少しだったのに!」

怒りのあまり目を血走らせたフレディが勢いよく跳ね起きると、ベッドのスプリングがキシキシと悲鳴のような音を奏でた。
同じようにベッドの上に座ったニーナは、そんな彼女の金髪をまじまじ見つめている。

「フレデリカちゃん帽子はどうしたの? 向こうに忘れて……あ、あったあった。落ちてた」
「……人の話はちゃんと聞きなさいってママに教わらなかったの?」

マイペースなニーナの手によって戻された帽子の位置を直しつつ、夢の世界から切り離された夢魔はしかめっ面を作ってみせた。

「聞いてるって。それでデートなんだけど、その辺散歩でもする?」

壁の時計は午前二時と少しを指している。真夜中も真夜中ではないか。

「なに、まだ寝ぼけてんの? 今何時だと思ってるの」
「だってハロウィンじゃあるまいし白昼堂々フレデリカちゃんが歩いてたらいろいろと危ないでしょ? 目立っちゃうし」

だから夜になるの待ってたの、とニーナは胸を張る。
フレディがその胸元を軽くつついた。

「あたしの夢の中ならそんな事、気にしなくて済むのに」
「えー、だってたまには起きてる間に会いたいし。で、どう? 嫌?」
「んー……そうね」

右の手袋から伸びる金属の鈎爪同士をカチカチと弾きながら、フレディは逡巡するように視線を逸らした。
開いたカーテンの向こう側には澄んだ星空が広がっている。慣れない現実世界の空はひどく非現実的に見えた。
やがてフレディは鮮やかなケロイドに覆われた口元を吊り上げて言った。

「わかった。じゃ、行くか」
「え、いいの? ほんと?」

ニーナが身を乗り出すと揺れた髪からシャンプーの清潔な匂いが立ちのぼり、ほんの一瞬、夢魔の思考がぐらつく。
バカな子。外になんか出なくても楽しませてやるのに。でもそれは後のお楽しみだ。
フレディは少女の頬に軽くキスをしてからするりとベッドから降りると、手袋を着けていない左手をニーナの方へ差し出した。
その手をしっかりと握り返し、ニーナが照れ笑いを浮かべる。

「フレデリカちゃんとデート久しぶりだー。夢みたい」
「はっ、よく出来た皮肉ね。ほら、早く立って」
「うん!」

繋いだ手に感じるのは、悪夢の世界には存在しえない優しい温もりだった。

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    ♀フレディエルム街の悪夢
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