私に朝は訪れるのか

でろでろに溶けそうなくらい疲れて帰ってきて、やっとのことでベッドに入ったと思ったらこんな最低の悪夢を見る私って、一体どれだけ不運なんだろう。
それもクリスマスカラーのセーターを纏った夢魔二人に捕まるなんて、考えうる限り最悪の内容だと思う。ああ、色彩が目に痛い。
そのうえ二人揃って好戦的で饒舌で負けず嫌いときてるもんだから、耳まで痛い。頭も痛い。

いま激しく言い争っている二人のうち、女の方は名をフレデリカ・クルーガーと言い、彼女はなにかと私の前に現れるのでもうすっかり顔なじみとなっている。
男の方はフレッド・クルーガー。彼に会うのはこれが二回目だ。
この人たちの関係? 私にもよくわからない。
こんなにそっくりの他人同士がいるわけないから多分きょうだい、もしかすると双子かもしれないんだけど、前にフレデリカにそのことを尋ねてみたらみるみる機嫌を損ねられて散々な目にあったので、金輪際この件は二度と口にしないと誓いを立てた。
ただ、尋常じゃなく仲がよろしくないのはこの空気を見れば一目瞭然。
お互いに邪魔するなと言い合っているが、それ以前に縄張りはもっと離しておこうよ、地球の裏と表くらい。

「あたしが先に見つけたんだから、リリーはあたしと遊ぶんだ」

ハスキーボイスのフレデリカがぎゃあぎゃあわめいている。
ちょっと聞けば可愛い台詞だが、彼女の「遊ぶ」はいろいろと歓迎しがたいところがある。文字通り、彼女が私で“遊ぶ”んだから。
一晩中いじりまわされてぐったり瀕死の朝を迎えるなんてごめんだったので、もう一人のフレディを応援しようと思ったのはほんの一瞬。
上から下まで私を眺める彼の瞳にはフレデリカとまったく同じ色が浮かんでいたので、ああ私には逃げ道なんて残されてないんだなと絶望の渦中で理解した。

「ほう、そうか? ならお前を殺してからそっちのお嬢さんを頂こう」

男が浅緑色の瞳を歪めて笑えば、女はヒヒッと喉を鳴らす。

「はーん? そんなことが出来ると、本気で、思ってるなら、やってみろ」

二人の挑発合戦はだんだんと熱を帯び、とうとう我慢ならなくなったらしいフレッドがフレデリカの衿元を掴んでボイラー室の壁に向かって投げつけた。
華奢な体が壁面を這う太いパイプにぶつかって派手な音をたてる。

「くそっ!」

フレデリカは吹き飛んだ帽子にも構うことなくすぐさま体勢を持ち直すと、鉄製の床を蹴ってバネのように前方へ跳んだ。そしてその勢いのまま男の鳩尾に肘打ちを入れた。
彼女は小柄だがパワーは十分にある。並の相手なら今の一撃で再起不能になっていてもおかしくないのだが、まあさすがにというかなんというか、フレディ・クルーガーは“並の相手”ではなかった。
彼は低く呻き、後ろへ一歩よろめいたものの、敵の次の一手はしっかり押さえ込んだ。
鋭い金属の鈎爪をやすやすとかわし、フレデリカの右腕をひねりあげる。今度は女のほうがうめき声を漏らす番だ。
しかし彼女もこれくらいで白旗を掲げたりはしない。床に捩じ伏せられそうになりつつも高いブーツのかかとでフレッドの足を踏み付けた。掠れた悲鳴が上がる。
まさに瞬きするごとに優位が入れ替わる接戦。
こうなると私に出来ることなんか何もない。だって私は普通の人間代表だもの、巻き込まれたりなんかしたら即死ですよ、即死。

「ちくしょう、このチビ!」
「あんたの粗末なモノには負けるわ」

うーん、仲良くなれないのが不思議なくらい言動パターンが似ている。
というかこの人たちはなぜ真っ当な肉弾戦を繰り広げているのだろうか。夢の中なんだからもっといろいろ出来るだろうに……なんて、とても言い出せるような雰囲気ではないけど。
そしていま気がついたが、二人ともいつの間にか少なからず外見が変貌している。
肌は血を浴びたかのように赤く染まり、歯はピラニアのように鋭くて、尖った耳は悪魔のそれを思わせる。拡散した瞳孔がやけに際立つ黄色の瞳は純然たる殺意を帯びてぎらぎらと光っていた。
それを見て、これは喧嘩などという生易しいものではなくまさしく獣の縄張り争いなのだと悟った。
そして目の前で始まる第二ラウンド。
私に出来る唯一と言えば、頼むからいますぐ起こしてくださいと信じてもいない神に祈ることくらいだ。

「……どうか生きて朝を迎えられますように……」

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