似たもの同士で正反対

「おい、ホッケーマスク野郎。服を寄越しな」

人の家にずかずか上がり込んできたかと思えば、その女はあまりにも唐突すぎる一言を発した。
廊下いっぱいにまるで壁のように立ち塞がったジェイソン・ボーヒーズが小首を傾げる。彼の頭の中には次々と疑問符が浮かびあがり、一時的に宿敵に対する憎悪の念を脇へと押しやっていた。
なんでクルーガーがここにいるんだ? なにしにきた? またぼくを騙すつもりか? 服?
なにやら考え込んでしまった巨体を見上げ、フレデリカ・クルーガーはばかにしたように鼻をならした。

「耳までおかしくなったか? ボーヒーズ。服だよ。わかったか、まぬけめ」

あと一歩でも入り込んできたら愛用の鉈で首を切り落としてやろうと考えていたのに、夢魔はその境界線のわずかに向こう側でジェイソンの方へ片手を伸ばしている。催促しているのは先ほど本人が言っていたように“服”だ。

「ったく、なんでこんなに寒いんだ? ほら、さっさと寄越せ」

朽ちかけた家屋に容赦なく吹き付ける風が、いま二人が睨み合っている廊下にまで忍び込んでくる。フレデリカの背後にある玄関扉ががたがたと揺れて、彼女はまた体を震わせた。
ジェイソンは今日は母親と——正確には母親の首と静かに過ごすつもりでいた。
それをクルーガーなんかに邪魔されたくないと思った彼は、これで大人しく帰るなら安いものだとぼろぼろのジャケットを脱ぐと女のほうへと投げつけた。
女は「いい子だ」と満足げに笑い、だがしかし袖を通す段階になると今度は顔をしかめることになる。大きすぎるジャケット(なにせ二人の身長差は四十センチ近い)には泥と血となにか腐ったような匂いが染み付いていたし、あちこち穴が開いていてあまり防寒の役には立ちそうもないと気づいたのだ。
そのとき、再びすきま風が吹き込んだ。

「……ないよりはマシか」

彼女はそう考え直し、ふんと鼻を鳴らすと長い袖をまくり上げた。それから芝居じみた仕草で両腕を広げた。

「さァて、ボーヒーズ。ばかなお前でも今日がなんの日か——」

コツン。フレデリカの黒いブーツが一歩踏み出したその瞬間を、ジェイソンが見逃すはずはなかった。
血の染みた鉈が埃っぽい空気を切り裂きながら、女の体を真っ二つにせんと襲いかかる。だが小柄な夢魔は寸前で身をかわし、鋭い刄先はグレーのジャケットをかすめただけに終わった。

「ひゃは、は! おっと、悪い悪い」

フレデリカが挑発するようにひらひらと右手を振る。壁の穴から差し込む陽光が金属の鉤爪に反射してキラキラと輝いた。

「随分とつれないな、んん? 仲良くしたくないか」

饒舌な夢魔とは対照的な殺人鬼の答えは、もう一度鉈を振るうことだった。

「ひひっ。相変わらず単細胞な犬っころのままか、お前は。ワンパターンな攻撃だけじゃなくて——っと、今のは惜しかったな。たまにはもっと頭を使ってみようと思わないか? ああ、お前にゃ無理か」

立て続けに繰り出される闇雲な攻撃を難なく受け流し、ついでにホッケーマスクに新たな傷を二、三本プレゼントしてやる。
狭い廊下での攻防を続けるうち、いつの間にかフレデリカの背後に玄関扉が迫っていた。
それを肩越しに確認した浅緑色の瞳がいたずらっぽく光ったかと思うと、彼女はダンスのステップでも踏むかのように軽い足取りで正面から迫りくる攻撃を避け、空を裂く鉈を廊下の壁に背を張り付けることでやり過ごした。
勢いよく振り下ろされた鉈は途中で止まることができず、そのまま立て付けの悪い扉へと食い込み、重たい一撃に耐えきれなかった扉は蝶番を引きちぎってジェイソンもろとも外側へと吹き飛んだ。

「キャハハハハハ!」

厚い板が砂埃を舞い上げて倒れる、その轟音にまじって、耳障りな哄笑が響き渡る。
さて次はどんなことをして遊ぼうかと風通しのよくなった玄関から外へ出たフレデリカは、はたと頭上を仰いだ。
室内が薄暗いせいで気がつかなかったが、いつの間にやら空には太陽が上り詰めている。
彼女はまばゆく降り注ぐ日差しに気概を削がれたかのように肩をすくめると「つまらねえ。帰る」と吐き捨てホッケーマスクに背を向けた。
突然の心変わりに男は一瞬あっけにとられたものの、もとより深追いするつもりもなかったのでほっとして肩の力を抜いた。
早くどこかへ行って二度と戻ってこなければいい。
と、ふいに黒いブーツが歩みを止めた。フレデリカは思い出したようにジェイソンを振り返ると片手で何か小さな物体を投げてよこした。

「……服の代わりにやるよ。じゃあな、マザコン坊や」

そう言って再び歩きだした背中はやがて木々の中へと消えて、あとにはリボンのかかった箱を手にぽかんと立ち尽くすジェイソンだけが残された。

——そんな、よく晴れた2月14日の昼下がり。

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