ambivalent

誓って言うけど、エリザのことが嫌いなわけじゃない。絶対に違う。むしろ正反対だ。
だけどときどき憎くなる。どうしようもなく憎らしくて泣きたくなる。
……たとえば、今この瞬間とか。

むせ返るような獣のにおいを漂わせた重たい身体がのしかかってくる。不規則な、余裕のない呼吸音が私の呼吸音を掻き消す。
頭の上で両手を縫い止められ身動きが取れない私の服をエリザはやけに焦ったように乱暴にはぎ取っていく。
硬い指先と、革手袋の感触。時折鋭い爪が肌を引っ掻いて、たまらず声を上げたり目をつむったりすると、エリザはますます興奮して私の腕をきつく締め上げる。

「エリザっ、やめ、て……っ!」

彼女の身体は発情期という厄介な病に蝕まれている。
きっと今一番苦しいのはエリザで、悔しいのもエリザなんだろう。私なんかで発散しなきゃいけないくらいに切羽詰まってるんだから。
それはわかる。わかるけど受け入れられない。
私は……私は、行為自体が嫌なんじゃないの。ううん、本当はずっと考えてた。一目惚れだったエリザと、その、そういうコトをできる日が来ればいいって。
だけどこんなのは嫌! こんな風に気持ちを利用されて、ただの“生理現象”のはけ口にされるのは。

「やだ……やだぁ……っ!」

とうとう服の前が全部はだけられて、エリザの掌が素肌にくっついた。お腹の下のあたりが急にずきずきして、なんでだろう、それが一番嫌悪感をかき立てた。
嫌で嫌でたまらなくて、脳裏に浮かんだのはもう一人の居候の顔。
あんな奴でも、今大声を出したら助けにきてくれるかなって、最初はそう思っただけだったんだけど、別の考えがぱっとひらめいてしまった。
喉が震える。なんとなく、言っちゃいけないような気はしたのに。止められなかった。

「だからっ……嫌だってば! どうせ誰でもいいんだったらもうハンターのとこ行けばいいでしょ!?」

その瞬間、腕を押さえつけていた手がふっと緩んだ。
あんなに荒かった呼吸も止まって、完璧な静寂が耳を打つ。
だけど私の頭の中はとてもうるさくなって、とっくに枯死したと思っていた本能が警鐘をかき鳴らしていた。全身が粟立って、胸の奥が凍り付くほどの音。
エリザの身体が私の身体から離れていく。通り抜ける空気が、とても冷たい。

「エリザ——」

パシッ、と乾いた音を残して、私の手はあっけなく振り払われた。
それから私には二度と触れずに、彼女は部屋を出て行った。殴られた方がまだマシだった。


最後に言われた言葉がまだ頭の奥底にわだかまっているような気がして、私は激しく首を振った。
あのニーナの声——二度と思い出したくもない。
人間に対してあんなに強い憎しみを抱いたのは初めてだった。
殺してやりたいとすら思ったが、手を出さずに済んだのは私にもまだ理性が残っている現れだろう。そう思えば、いくらか安堵の材料にはなる。
それでも、ひどく身体が熱いことに変わりはない。喉も渇く。
昔はこんな事くらいなんでもなかったのに、私は弱くなった? 誰のせいで?……考えたくない。
いっそ狩りにでも出れば気が紛れるかと外に足を踏み出したその矢先、黒い影がぬっと現れた。

「なー……エリザー……」

今一番考えたくない男の顔が目に入った瞬間、私は反射的にショルダーキャノンを作動していた。


エリザがいない。
なんでいないの。なんでこんなに寂しいの。私は悪くないから謝りたくない。謝りたくないけどエリザの顔が見たい。なんでいないの。
外に出たら、ハンターがいた。
いや、“いた”っていうか“落ちてた”っていうか……ワイヤーでぐるぐる巻きのイモムシ状態にされた上、無造作に地面に転がされていた。

「……なんかした?」
「俺が聞きてーよ。なんなんだよ声かけただけでキレやがって」

そばにしゃがみ込む私を、ハンターは苦労して身をよじりながら見上げた。本当にイモムシみたい。

「あんにゃろう絶対に許さねー! ぜってーボコる。俺もうキレた絶対やり返す!」
「やめときなよ返り討ちにあうだけだから」
「うっせー!」
「あ、ちょっと大人しくしてないと……」

案の定暴れたらワイヤーが食い込んだらしく、痛い痛いと騒ぐハンター。
いつもならどんな状況になっても余裕ぶってるくせに今は本気で怒ってて、そんなに悔しかったの? と思いきや、昨日からずっとイライラするし落ち着かないせいだと彼は吐き捨てた。
……ああ、そっか。そりゃ発情期は雄雌同時にくるよね。

「助けてあげてもいいけどなにもしない?」
「あ? 馬鹿にすんなよ。人間とヤる趣味なんかねーし」
「うん。まあ、そうだよね」

それが普通の反応だ。私もハンターとしたいとは思わないし、思った事もない。
思ったこと……なかったなぁ、そういえば。私はエリザがよくって、エリザだから、その、したいって思えて、だから、
バカなのは私だったのかもしれない。


きっと夜までには帰ってきてくれる。そうでなくとも朝か、次の日の夜か、また次の日の夜くらいには。
二度と会えない訳じゃない、だからゆっくり考えようって、そう思ってたのに。

「あ——」

どうして心の準備ができてない時に限ってばったり会っちゃうんだろう。
なんで居るの? なんて、ここは1/3はエリザの家みたいなものだから不思議でも何でもないんだけど。

でもまだ何をどう言ったらいいのかも分からないし、何か言っていいのかも分からないし、何を言われるのかも分からなくて怖くて、狭くて薄暗い廊下の真ん中で、私はただエリザを仰ぎ見るしか出来なかった。
エリザの方も無言でこっちを見下ろしてくる。すごく怒ってるのかもしれない。呆れてるかもしれない。もういいって思われてるかもしれない。
ごめんなさいって気持ちと、でも向こうも悪いんだしって気持ちが半分ずつあって、いっそ嫌いになってしまいたい気持ちと、嫌われてたらどうしようって気持ちも半分ずつあって。
もう全部ぐちゃぐちゃ。あ、ダメだ。そう思った瞬間、涙腺が崩壊した。

「……でももうそれでもいいからぁあぁああ! やっ、やっぱり、あきっ諦めきれな、て……」

やっぱり嫌いになんてなれない。そうできたら楽なのに、どうしても無理。エリザがいないなんて絶対に嫌!
水中に沈んでしまった視界の真ん中に、珍しくも驚いた様子のエリザが映った。そりゃまあいきなり泣き出したんだからびっくりもするだろうけど。
でもなぜだかそんなエリザを見てたらもっと涙があふれてきて、思わずその腕を掴んで引き寄せた。
生暖かい、不思議な感触の肌。自分とは全然違う異質さなのにしっくりと馴染んで、ああやっぱり私が欲しかったのはこの人なんだって思ってもっと泣いた。

「す、好きって! 言って!」
するとエリザはちょっと首を傾げたあと、「《好き》」録音した私の声でそう答えた。
「ちがうの! そう言うことじゃなくて! 私——」
「スキ」
「……ふ、不意打ちは卑怯だと思います」

本当に本当に大好きだけど、やっぱりときどき憎らしくなるよ。

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