家庭訪問

自宅を宇宙人がうろついていることにはいつのまにか慣れていた。
異形の女との暮らしにも、彼女に振り回される毎日も、ニーナにとってはごく平凡な日常の範疇になりつつある。
だが今日の“コレ”は別格、明らかに一大イベントだった。それも、あまり歓迎できない部類の。

額に冷や汗を浮かべて、床にぺたんと座り込んだ姿勢から一歩も動けないニーナは、はるか頭上の顔をこわごわ仰ぎ見た。
突然部屋に現れた見知らぬ宇宙人はエリザと同じ種類の生き物で、だがその佇まいはエリザよりずっと老熟している。
事情に疎いニーナにも、目の前の人物がどれほど重要なのかはすぐに理解できた。

「エルダー……」

マスクを着けていない顔でつくづくこちらを見下ろす異形の老女は、そう呼びかけられると感心したように落ちくぼんだ瞳を光らせた。

「ほお? 私を知っているとはね」
「知っていると言うか……多分そうじゃないかと思っただけで」

でもこれではっきりした、この人は間違いなくエルダーなのだ。全プレデターが畏怖と畏敬の念をもって接する、女王にも等しい存在。

「なら話は早いねえ」

自分とまるでかわりない流暢さで言葉を操るエルダーから視線をそらして、ニーナはぐっと唾をのんだ。
いくらエルダー相手だからと言って、エリザが自分のことやこの場所のことを打ち明けるはずはない。どんな手を使ったのか知らないが、エルダーは自らニーナの存在を調べあげたに違いない。
そして、そこまでするからにはそれなりの理由があるはずだ……
たとえばエリザを連れ戻しにきたとか、それとも自分を始末しにきたとか。

「近くへおいで。そこにお座り」

まるでその想像を裏打ちするかのように、エルダーが厳しい声で命じた。
そばの椅子を顎で示す態度には他人に命令することに慣れた者特有の傲慢が色濃く滲んでいる。
時間を稼ぐつもりだったニーナもついつい素直に立ち上がってしまい、すぐにはっとなったが遅かった。仕方なく言われた通りにキャスターつきの椅子に腰を下ろすと、椅子が不穏に軋んだ。

「さてさて、人間のお嬢ちゃん」

ごつごつした指の先で、ニーナの顎がいきなり持ち上げられる。さきほどまでよりは多少ましとは言え、首を痛めそうな角度だ。
もっとも、これから殺される人間がどこを痛めようがさして重要な問題じゃない。

「ほお、なるほど」

エルダーはなにやら一人納得しているが、頸動脈のあたりを撫でられているニーナは恐怖で声も出せなかった。どうやら獲物を怖がらせて喜ぶのはこの種族共通の性質らしい。

「何もしやせんよ。どれ、目を閉じてごらん」
「え……。どうして」
「黙って言うことをお聞き」

ぴしゃりとやり返され、怯えたニーナは脳髄を撃ち抜かれるのを待つ罪人のようにぎゅっと目をつぶった。
死の直前はもっと色々なことを考えたり悔いたりするものと思っていたのに、頭の中は白紙のページでいっぱいだった。
ふっと思い出すことと言えば、エリザの声や顔やしぐさや匂いばかり——
だがどれだけ待っても痛みも衝撃も襲ってはこず、そのかわり、エルダーの柔和な声が耳を打った。

「おやおや。まったく、どこもかしこもか弱いったら。だが頭蓋の形は悪くないね」
「ず、頭蓋?」

思いがけず誉められたことに驚いて目を開ければ、真面目な顔をしてこちらを見下ろしているエルダーと視線がかち合う。亜麻色の瞳は獣のようでいて、どこか人間にも似ていた。
エルダーはしばらくのあいだ10本の指を使ってニーナの耳から頭頂部にかけてを愛撫するようになぞっていたが、急にぱっと手を離したかと思うと、生真面目な声に戻ってこう語り始めた。

「お聞き。私はまあ人間相手には友好的な方だと言われているがね、実際のところ相手の出方次第で変わるんだよ」

片方の手を顎に、もう片方はむき出しの腰に当てたポーズは彼女をいかにも気難しく見せる。
ニーナは再びむくむくと膨れ上がってきた警戒心から顔を曇らせた。
話の内容はまるで読めないが、もったいぶった調子からは嫌な予感しかしないし、近くで改めて見てみると若者と遜色ないほど鍛え上げられたエルダーの肉体は恐ろしかった。

「そうだね、私との間に盟約を結ぶなら取り計らいをしてあげよう。なに、難しいことなどない。たった一つで構わんのだからね」
「は、はあ……」

今後一切、自分達とかかわり合いを持たぬよう……などだろうか。ニーナは両手をきつく握りしめて相手の次の言葉を待った。

「今日、私が来たことはお前の胸のうちに仕舞っておくがいい。あの子にも誰にも他言は無用」

二人のあいだに奇妙な沈黙が落ちた。続きを待ったが、エルダーはそれきり口を開こうとはせず、眼光鋭い瞳はどうやらニーナの答えを待っている。

「……へっ!? あの、それだけ?」
「臆病なお嬢ちゃん、よもや私がお前を手にかけるとでも思っていたんじゃないだろうね?」

声にこそ出さなかったものの、馬鹿だねと言いたげな口調だった。

「もちろん、お嬢ちゃんが私と一戦交えたいと言うなら別だが」
「滅相もないですっ」

あながち冗談とも思えない申し出をニーナが慌てて否定する。髪が浮き上がるほど激しく首を振る様子はエルダーのお気に召したらしく、おかしそうに喉を震わせる音がはっきりと聞こえた。

「それではお暇するとしようかね」

エルダーがガントレットのボタンをいくつか叩くと、彼女の全身に青いスパークが走り、まもなくその姿は空気に溶けた。

「あ」

などと意味のない声を発してみても、もはや返事はない。エルダーが行儀よくドアから出ていったのか、それとも開けっぱなしの窓を乗り越えたのかはわからないが、ともかく部屋から自分以外の気配が消えたのは確かだ。ニーナはまだ椅子に座ったまま呆然とあたりを見回して、今までの出来事はすべて白昼夢かなにかだったのかもしれないと思った。
あまりにも唐突に始まって唐突に終わった一連には現実味が無さすぎた。
だがしかし、少なくとも床に残された土の汚れは現実のものだし、これを同居人が帰ってくる前にきれいに掃除してしまわなければならないのも、どうやら現実らしかった。

    拍手ありがとうございます!とても嬉しいです!

    小説のリクエストは100%お応えできるとは限りませんが、思いついた順に書かせていただいています。

    選択式ひとこと

    お名前

    メッセージ



    エルダー
    うりをフォローする
    タイトルとURLをコピーしました