番狂わせのテンペスト

星ひとつ見えない曇り空の夜。
私は自室にこもって、久しぶりに感じる心地好い静けさを存分に堪能していた。こんなに読書がはかどったのはいつ以来か。
壁の時計を見上げ、少し迷ったあと、一日かけて四分の三まで読み進めた本を閉じた。残りはベッドで読むことにして先に着替えようと立ち上がる。
と、その時、階下から荒っぽい足音が響いてきた。どうやらここ数日姿を消していた同居人たちが帰ってきたようだ。
……ああ、短い平和だった。

出迎えにいくと、どす黒いオーラをたぎらせているエリザと、彼女に髪を引っ掴まれてぐったりしているハンターがいた。
二人とも防具はひび割れ、泥で汚れて、全身いたるところが傷だらけの血まみれというまさに満身創痍状態。

「……何があったの? 特にハンターに」

普段あまり感情をあらわにしないエリザが激怒しているのはそれだけで恐ろしかった。
そんな彼女がゴミでも捨てるみたいにぱっと手を開くとハンターはどすんと音を立てて床に転がったが、しかし気絶しているらしい体は微動だにしない。死んではいない……と、思いたい。
事情を聞きたいのは山々だが出来なかった。エリザは私には見向きもせずに奥の部屋へと姿を消した。


それからいくらもしないうちにハンターが目を覚ました時にはほっとしたものだが、今はもう一度昏倒させてやりたいと思う。
痛いだの自分でやるだの、いちいちうるさくてしょうがない。

「しーずーかーにー。もう終わるから。ほら、ちょっと両腕上げて」

蛍光グリーンの血が滲む傷口にガーゼを当てる。テープは体液で剥がれてしまうので、面倒だが包帯で固定することにした。
たくましい胴体に腕を回し、きつめに包帯を巻き付けていく。そんな私をハンターは疑わしげに見下ろしており、明らかに自分流の治療法が使えないのを不満に思っているようだった。
けど溶かしたセメントやらガラスやらを塗り付けて止血するってのはさすがにどうかと思うし。

「はいおしまい。にしても……無茶しすぎでしょ」

手当てをしながら聞き出した話を思い返しながら、私はため息混じりに言った。さすがに呆れを禁じ得ない全容はこうだ——

数日前、いい“狩り場”を見つけた二人は、そこでどちらが多く獲物を仕留められるかの競争を始めた。敵の数は十分、更に手応えも申し分なく二人は順調に戦利品の数を重ねていった。
ところが調子に乗ったハンターがドジを踏んで人間たちに見つかってしまい大騒ぎに、大層な銃器や催涙弾や冷凍ガスで武装した集団から追いかけ回されるはめになった……と。
おびただしい数の負傷をハンターは激戦の証だと誇っていたが、おそらくそのうちの半数はエリザに負わされたものだと思う。明らかにリストブレイドが原因っぽい裂傷もあるし。
それにしても、この二人が追いつめられるほどの装備を携えた人間って?
……確か州境の森の中に陸軍の駐屯地があったはずだが、まさかそこで暴れてきたわけではあるまいな。
あっさり肯定されたらと思うと恐ろしく、確かめる気にはなれなかった。

「じゃあちょっと」
「ン?」
「我等が将軍様のご機嫌うかがってくるわ」


私が部屋に入っても、エリザは何の反応も示さなかった。
手当てもしていない身体はぼろぼろで、かろうじて立っているだけといった様子。壁にもたれ掛かり、自分の腕をもう片方の手できつく掴んで爪を皮膚に食い込ませている。
今やエリザの内で燃え盛っているのは自分自身への怒りだけのようだった。
気高い彼女にとって敵前逃亡は恥以外の何ものでもないのだろう。ガントレットが壊れてさえなければ彼女は間違いなく自爆を選んだはずだ。
——だけどそうならなくて本当によかったと思う。

「ありがとう」

私の言葉に、エリザは怪訝そうに顔を上げた。

「そんな大変だったのにちゃんと帰ってきてくれて。嬉しい」

あまり素直とは呼べないエリザが珍しく静かに耳を傾けてくれている。それが嬉しくて、調子に乗って腕に触ってみたりして。
おお、怒られない。いつもだったら一瞬で振り払われるか、そもそもそれ以前の問題なのに。
だけどその幸福も長くは続かなかった。うるさい男がぎゃあぎゃあ喚きながら乱入してきて、ムードをぶち壊してくれたから。

「俺ハ? 俺ー!」
「はいはいハンターも無事でよかったですよー。おかえり」
「オウ。エリザー、次ハ絶対叩キノメシテヤンダカラナ! マタ勝負シヨウゼ!」
「あんたはそろそろ懲りるってことを覚えようね。あとエリザも頷かない! スルーして! まったく……」

残念ながらあの本を完読するのはしばらくお預けになりそうだと、私はこれからまた訪れるであろう賑やかな日々を思った。

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