世界は廻る、止まっても

いつもよりもゆっくりと時間が流れていくような、そんな気持ちにさせてくれる、ごく平凡で平和な午後。
聞こえるのは鳥のさえずりと、遠くの方で車が行き交う音と、それからときどき、犬の声。
五月も半ばの今日、室温は心地よく暖かく、いつものコートを脱ぎ去ったダークマンは膝に抱いたニーナの頭のてっぺんに顎を乗せて、小さな手が本のページをめくるのを見守っている。
それでいて、文章の内容はひとかけらも頭に入っていない。
彼が見ているものは、たとえばペンだこの出来た指に、何も塗られていない素の桜色をした爪に、うっすらと血管が透けて見える色白の手の甲……そんなものばかりだ。
もう二十分はこうしているだろうか。対話もなにもない無言の時間がこれほど穏やかに心を癒してくれるとは不思議なものだ。元来お喋り好きなダークマンはしみじみとした驚きに浸った。

彼のニーナを見つめる目は親が子を見守るのに似ていた。愛するペットを慈しむのにも似ていた。そしてまた、恋人を愛おしむのにも似ていた。
自分たちの関係としてはどれが一番ふさわしいだろうかとダークマンは考えた。そのどれもが正しくて、どれもが間違っているような気がする。
いずれにしたって、ニーナが今の自分にとって特別な存在であることには変わりない。
この境遇も年齢も生き方もまったく違う女性と出会ってから、彼は理不尽な怒りや、孤独や、疎外感に苛まれることが少なくなった。
そのニーナが、本を閉じて身をよじる。ため息がひとつ、唇からこぼれた。

「すまない」

ニーナの腹に回していた両腕をほどいて、ダークマンは言った。

「ん? なにが?」
「重たかったんだろう?」
「違う違う、疲れたの、目が。あとキリのいいとこまできたから」
「そうか。なら、もう少しこのままでも?」

彼は昔から、恋人に構うのが好きなタイプだった。他愛もない話をしたり、手を繋いだり、寄り添ったり、抱き締めたり、キスしたり、時間と場所——それとお互いの機嫌——が許せばいつまででもそうしていたい。
ニーナもどうやら同じタイプらしいと気づいたのは最近になってのことだ。
と、言うわけで、このところの二人は一緒にいるときはだいたい常に肩を寄せあって過ごしている。
居心地のいい体勢を探して、ニーナがごそごそと動く。どことなく真剣な表情が微笑ましい。

「ニーナ、くすぐったいんだが」
「んー?」
「おいで。……よい、しょ」

深紅のシャツの腕が、ニーナをひょいと持ち上げて膝の上に乗せる。そのまま横向きに抱き直すと、子供をあやすようにポンと背中を叩いた。

「これでどうかな」
「うん……これでいい。でも足しびれるよ」
「僕はね、こんなときのために鍛えてるんだよ。眠い?」

答えは小さなあくびで寄越された。
ダークマンの肩口に顔を押し付けて小さく呻くニーナの髪が、窓から吹き込む春風にふわりと揺れる。
柔らかな香りと感触。それらを少しでも鮮明に感じ取ろうと、包帯で分厚くなった手のひらでくしゃくしゃに掻き乱すとニーナから不満げな声が上がった。

「ごめんごめん。手触りがいいから。猫っ毛、とか言うんだったか……いいね、本当に猫みたいで」
「そうでもないよ。あちこちはねるし湿度高いとぺったんこになるし……でもね、」

意味ありげに言葉が途切れる。見上げる瞳は眠たそうに細められ、この午後をどこまでも平穏にしてくれる気がした。

「最近ちょっと好きになれたかも。あなたがいっぱい撫でてくれるから」

そして、ダークマンの頬に唇を押し当てると、ニーナは満足げに睫毛を伏せた。

    拍手ありがとうございます!とても嬉しいです!

    小説のリクエストは100%お応えできるとは限りませんが、思いついた順に書かせていただいています。

    選択式ひとこと

    お名前

    メッセージ



    ダークマンペイトン・ウェストレイク
    うりをフォローする
    タイトルとURLをコピーしました