その一瞬こそがなによりも永遠

「ジェシカー!」

元気のいい声が背中にぶつかってくる遥か以前から、ジェシカ・ボーヒーズは“彼女”の存在に気がついていた。
彼女——ニーナが気に入っているというキャメルのショートブーツが立てる足音や、走る時のリズムはすっかり覚え込んでしまっていたし、そもそもこんな風にシカやウサギを脅かすことが目的であるかのように無邪気に駆け回るハンターなどいるはずがないからだ。
けれどもジェシカはいつだって、ニーナの声が聞こえてから振り向くことにしている。
それは「びっくりした?」と瞳を輝かせる彼女の顔が好きだからだ。
ジェシカがホッケーマスクの顔を縦に振ると、彼女の胸に顔を寄せたニーナがふふっと笑う。
その頭を撫でていたジェシカは、急にはっとして身を強ばらせた。
自分の服に着いた血液が、恋人の頬や髪を汚すのではないかと気がついたのだ。
そこで慌てて小さな体を引きはがすと、きょとんとした目がこちらを見上げてくる。
この表情も好きだとジェシカは思った。

二人でジェシカの家に戻ると、ニーナはさっそく持参した食材を広げて料理に取りかかりはじめた。
ホッケーマスクの殺人鬼は少女の指示に従って皿やボウルを運んだり並べたりしながら、作業をじっと見守っている。
ニーナは何でも出来る、というのがジェシカ・ボーヒーズの持論だった。
彼女はシーツを皺ひとつなく整えるのが得意で、貴重な水の使用を最小限に押さえて洗濯や洗い物をすることが出来て、料理だって器用にこなす。
それから、笑うことだって出来る。
いずれもジェシカがどれほど望んでも手に入らない能力だが、嫉妬心はない。
憧れを覚えることはあるが、例えば自分がそれらの何もかもを叶えてしまったらニーナがいなくなってしまう気がして怖かった。
だから今のままが一番幸せなのだとジェシカは納得し、満足もしていた。

「なに頷いてるの?」

無意識に頭が動いていたらしい。はっと顔を上げるとニーナがおかしそうに笑っていて、少し恥ずかしくなる。
とうの昔に枯れた喉では声帯を震わせることは叶わず、彼女はただ、なんでもないと首を振ってみせた。

「そう。……ねえジェシカ。大好きよ」

その瞬間、殺人鬼は突然気がついた。
掃除も炊事も、笑顔を作ることすら出来なくても、ひとりの人間を愛することは出来るのだと。
彼女は限りない自信を胸にニーナを抱きしめると、何度も何度も頷いた。

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    ♀ジェイソン13日の金曜日
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