How Do I Live?

『ワシやタカなどの猛禽類は、犬のようにヒトと心を通わせることがありません。ヒトに慣れることはあっても懐くことはありません。彼らは生粋の狩人であり、孤高の存在なのです——』

画面の中のニーナが生真面目な顔で語っている。
バリーがYouTubeで見つけた動画は数年前に撮影されたものらしく、ノースカロライナ動物園の青い制服姿でインタビューに応じるニーナは彼が知る姿より少し若く、髪の長さも色も今とは違っていた。
いかにも勝ち気そうな目元を優しくゆるめたニーナはさらに続ける。

『——でも人間が彼らにとって都合の良い存在である限り、彼らは私たちと協力関係でいてくれます』

そこで膝の上のデルタが相槌を打つかのようなタイミングで鼻を鳴らしたので、バリーは思わず笑みをこぼした。
半年ほど前、ラプトルたちの調教アドバイザーとしてこのプロジェクトに参加したニーナ・ウォーカーは、事前に聞き及んでいたよりもずっと活動の幅が広い人物だった。
250を超える種の1800匹の動物たちが生息しているノースカロライナ動物園でのキャリアが始まったのは、ニーナが18歳の頃だ。
最初はアシスタントとして爬虫類・両生類エリアで働いていたが、やがて欠員を埋めるためにボブキャットの飼育担当に任命され、しばらくのちにアメリカアカオオカミの担当に変わった。
そこで数年間を過ごしたあと、とうとう彼女にとっての転機が訪れる——23歳の時だった。
それまでいた哺乳類のエリアから一転、ハヤブサやタカなどの猛禽類エリアに招かれたのだ。
彼女はそこでみるみる頭角を表し、退職する前、つまりここに引き抜かれてくる頃にはエリアのゼネラルマネージャーの地位にまでのぼり詰めていた。
彼女が取り仕切るフライトショーは園内の目玉イベントのひとつだったらしい。
述べ12年——ニーナはほとんどノースカロライナから出たことがないのではないかとバリーは想像した。
学校はいずれも州内の公立校で、働きながら卒業した短期大学は通信制だ。その後、同州にある別の大学の獣医学部にも入学しているものの、こちらは中退している。
また、いくつかのテレビ番組にも出演したことがあり——『アメリカに棲む危険な生物ベスト50』、『ハンター・フォース』、『ノースカロライナ動物園密着ドキュメント』、『サバイブ・ラプター』——共同著者としてではあるが、タカの調教に関する本の出版にも携わっていることがわかった。

「俺ならプラカードにして持ち歩くくらいの経歴だけどな。なぁデルタ」

デルタはYouTubeの画面に見入っている。
『調教は決して彼らを支配したり、飼い慣らすことが目的ではありません。互いの価値を認め、尊重を忘れず、よきビジネスパートナーとして安心できる関係を築くことこそが私たちの最終目標です』というニーナの言葉に、幼い恐竜は小首をかしげた。

「ニーナの話、ちゃんと理解できてるか?」

またしても相槌がわりの鼻息が三連続。
バリーはパソコンをスリープ状態にすると、デルタを腕に抱いたまま立ち上がり、「散歩でもするか」と話しかけた。


目的の部屋のすぐ真ん前で足に急ブレーキをかけたまま、調教主任はこれからどうしたものかと考えあぐねていた。
部屋に入りそこねた理由はふたつあり、ひとつには中から漏れ聞こえてくる声が私用の通話中だったから。もうひとつはその内容がどうもきな臭かったからだ。

「ああ、そう。またそうやって全部私が悪いって話に持っていくの」

ぴしゃりと突き放す声の主はバリーがまさに探していた人物のものだった。ただし、彼女がこんな風に怒るのは今までに一度だって聞いたことがない。
開けっ放しのドアの影からそっと中の様子をうかがうと、薄汚れたガラス窓に寄りかかって、いらだたしげに爪をはじくニーナの姿が見えた。

「その話って今したい? 私、仕事中なんだけど」

ニーナからは、いつものムードメーカー的な笑顔も快活さもすっかり消え失せていた。
口元は不機嫌に引き結ばれ、低く振り絞るような声をして、両肩をこわばらせている。オレンジ色のTシャツの襟首をぐいっと引っ張るしぐさにはまぎれもない苛立ちが透けて見えた。
目元が赤らんでいるのはこの気温のせいだと思うが、本当にそれだけだろうか? バリーには確信がなかった。

「うん、うん……そうして。うん、だからそれも夜にちゃんと話そうよ。だね……わかった、わかったから……でも今は無理。そう、じゃあね」

通話を終えたニーナは、しばらくのあいだスマートフォンの画面を睨みつけていたが、やがてその姿が死角に消えたかと思うと、キャスター付きの椅子に腰を下ろす気配がした。
このまま何も聞かなかったことにして立ち去るのが一番無難な選択だろう。
だがバリーは腕の中でこちらを不思議そうに見上げてくる緑色の小さな恐竜をしっかりと抱え直すと、廊下を少し後ずさり、わざと足音を立てて室内に足を踏み入れた。

「お、ちょうどいいところにいたな。見てくれよ、またでっかくなったと思わないか?」
「あー、デルター!」

正直なところ、事態がどう動くか不安ではあった。
だから椅子から立ち上がったニーナの顔が見覚えのある友好的な笑顔を取り戻したことに、彼は心からの安堵を覚えた。

「連れてきてくれたんだ」
「どうしても散歩に行きたいってせがまれたら、まぁしょうがないよな」
「そっかー。本当に急に大きくなったね。脚の付け根とかがこう、がっしりしてきた」

ヴェロキラプトルが人間の言葉をどこまで理解できるかは怪しいが、絶好のタイミングでデルタが後ろ足を振ってみせたので、二人は顔を見合わせて笑った。

「私も抱っこしたいな。いい?」
「かなり重いぞ。おっと、今のは女性に対して失礼だったな、許せよデルタ」
「デルタちゃんおいでー」

それまでバリーの太い腕の中で心地よく尻尾を揺らしていたデルタは、急に別人の腕に委ねられたことに不満を覚えたようだった。
乳歯ながらも鋭い牙を剥き出しにして、何度かニーナの腕に噛み付く。だが、なめし革とステンレス鋼のメッシュでできたセーフティグローブが勝利をおさめた。

「こら落ち着けデルタ。落ち着け、な? よしよし……いい子だな」

左右から二人がかりでなだめられて、デルタの抵抗が次第に弱くなる。
しきりにバタつかせていた両脚からも力が抜けて、やがて渋々ではあるが、小さなレディは怒りをおさめたようだった。

「いい子ねーデルタ! 本当にいい子」
「よく落とさなかったな」
「このくらい平気平気。いま9.5キロくらいかな?」
「うまく扱ってくれるからこっちも安心して任せられる」
「そう? ありがとう」

言いながら、ニーナは勇敢にも、あるいは無謀にもデルタの頭頂部に頬をすり寄せた。
落ち着ける体勢を見つけて満足したデルタはもはやその腕に噛み付く気もないらしく、なされるがままになっている。あるいはさんざん暴れたせいでくたびれてしまっただけかもしれないが。
一方のバリーは感心の面持ちで目の前のアドバイザーを見つめていた。
自分で抱いてみた感覚から言っても、確かにデルタの体重は10キロ近くあるだろう。それをぬいぐるみでも抱くかのように軽々扱ってしまうのだから、この女も相当なものだ。

「デルタはねー、いい子なんだよね。すぐ怒るしすぐ噛むけど」
「そう言うわりに警戒しないんだな」
「噛みそうだなってタイミングは何となくわかるし」

確かに彼女は動物のしぐさや表情を読み取るのがうまかった。長いあいだ大型肉食獣や猛禽の世話をしていただけあって、経験にもとづく危険センサーが備わっているのかもしれない。
とはいえデルタがぐっと伸び上がってその口元をニーナの目と鼻の先まで近づけるのを見てしまうと、彼もみぞおちがざわつくのを押し止められなくなった。
まだ子供とはいえ、その歯は立派に肉食恐竜のそれであり、もし噛まれればグローブで守られている腕のように無傷とはいかない。
特にデルタは好奇心が強く、思い切りのよい性格で、おとなしくしていても次の瞬間には何をしでかすかわからないのでなおさらだった。

「デルタちゃん」

ニーナがゆっくりとまばたきをすると、デルタは小首をかしげて顎を引く。
そこへ再びのまばたき。今度はさらにゆっくりと……するとデルタも同じようにまぶたを閉じて、開いた。
見守るバリーは知らず知らずの間に両拳を握りしめていて、手のひらにジトッとした汗がにじむのを感じた。緊張のあまり、一人と一匹から少しも目を離せないでいる。
鳴き声をあげるでもないのにデルタの口が薄く開いたかと思うと、鋭い前歯がニーナの顔面に急接近していた。
声を上げる暇もなかった。
仰け反るニーナから大きな笑い声が弾けたとき、彼はやっと我に返った。

「味見されたー!」

ニーナはデルタに舐められたせいでベタベタになった口元をTシャツの肩でぬぐった。やめてよね、などと言っているが、その声は心なしか嬉しそうですらある。
一気に全身の力が抜けてしまったバリーは、視界に映る馬鹿馬鹿しくも能天気な光景を遮るように手のひらで両目を覆うと、長い長いため息をついた。

「ニーナ……悪ふざけは笑える内容だけにしてくれると助かる。死ぬかと思った」
「私が? バリーが?」
「次からは俺の寿命が縮むごとに残業してもらうからな」
「それだと一生帰れなくなっちゃう」

喋りながらも無意識なのか赤ん坊をあやすような動作をくり返すニーナの腕の中で、とうとうデルタが大きなあくびをした。
すっかりおとなしくなった恐竜は小さな声でギュルギュルと何事かをつぶやいていたが、やがて声は満足げに尾を引くため息に変わった。
うつらうつらしはじめたデルタの背中を、バリーは慌てて小突いた。

「おいおい、まだ寝る時間じゃない……さっき起きたばかりだろ? 困ったお姫様だな」
「たぶん寝てたらトレーニングをさぼれると思ってるのよ。だめだよ、私がオーウェンに怒られるんだから」

デルタが本格的に眠ってしまう——あるいはそのふりをする前に、ニーナは次女を床に降ろした。
怒ったデルタがすかさず噛みつこうと姿勢を低く構える。しかし「シッ」という鋭い息の音を聞くと、渋々ながらも尻尾を下げた。

「OK、いい子ね」

うなずくニーナのカーゴパンツのポケットから魔法のように現れたジャーキーが、デルタの口に放り込まれる。
ニーナの凜として揺るがぬ立ち姿は、バリーに先ほどの動画のことを思い出させた。今の彼女の顔には、動画の中で大きなアメリカフクロウにネズミの肉を与えていたあの瞬間と全く同じきらめきが宿っていた。
この輝きはどこに由来するのだろう。
満足なのか、喜びなのか、畏敬なのか、憧憬なのか、それとも誇らしさなのか。あるいはニーナは、それら全てを絶妙なバランスで保つことのできる人間なのかもしれないなとバリーはふと考えた。
しかしその考えを掘り下げる前に、ニーナが話しかけてきた。

「ちょっと手を出してみて」

反対側のポケットから今度は飴玉の形をした魔法が現れて、彼の大きな手のひらにそっと乗せられた。カサカサと音を立てる個包装のパッケージに、デフォルメしたレモンの色鮮やかなイラストが描かれている。

「ああ、わかった。つまりこれは……賄賂なんだな?」
「この取引成立をもって、私がトレーニングの前におやつをあげたことを忘れる義務が生じます」

了承のしるしとして、バリーは白い歯を見せて笑うと小さな飴玉を自分のポケットに押し込んだ。
もちろん、「いま何かもらったでしょう」と言いたげな目で咎めてくるデルタに向かって人差し指を立てて、秘密の共有を一方的に約束させることも忘れなかった。

「なあニーナ、ラプトルは人間に懐く生き物か、それとも慣れるだけか、どっちだと思う?」
「え?」

脈絡のない問いかけにニーナが面食らったようにまばたきをする。
だが、それも一瞬だけのことだった。彼女の日に焼けた顔はたちまちプロらしい思慮深さと慎重さを取り戻した。

「どうだろう。最初はね、“懐く”ことはないだろうって思ってた。でもオーウェンとブルーを見てると、それは違うのかなって……」

ニーナが腰をかがめてデルタの首の後ろに手を伸ばし、軽くマッサージするように揉みほぐす。小さな恐竜はシューッという不満の音を立てたものの、攻撃的な音色に反して、表情は満更でもなさそうだ。

「でもどんな形であれ、信頼関係は結べると思うし、そうでなきゃ私がここにいる意味がなくなっちゃう」
「そうだな。互いを尊重することができれば」

ふたたび驚いたような表情を浮かべたニーナは足元のデルタに視線をそそぎ、また彼の方を見ると、心底うれしそうな笑顔を浮かべた。

「私も全く同じこと言おうと思ってた!」

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