空が呻いている。
雲が軋み、風が低く唸り、雨が屋根を鋲で打ちつけるように響く。雷鳴が遠くで轟いたかと思えばすぐに近づき、またゆっくりと遠ざかっていく。
それは夜というより、戦場の音に近い。
目を閉じて耳を塞いでも、皮膚の裏側がざわざわと騒ぎ続け、どこにも静寂は存在しなかった。
レックスはよく眠っていた。
ベッドの左側、毛布の下から穏やかな呼吸の波が寄せては返し、心地よい一定のリズムを刻んでいる。
ほんの数時間前、彼女は灯りも点けずにシャワーを浴び、髪を乾かさないままタオルを巻いて戻ってくると、なにも言わずにベッドに潜り込んでいった。
その一連の動きは、妙に馴染んでいて、どこか懐かしいほどに自然で、何もかもがそっと自分の隣に収まっていくような安らぎがあった。
一方のイザベルには、眠気の欠片すら訪れそうになかった。
理由はわかっている。誰のせいでもない。ただ雷の音が脳の奥底をかき混ぜるせいで、耐えがたく不快な感覚をもたらすのだ。
それは、地雷原を歩くときに感じるあの鋭い緊張と似ていて、記憶のすべてが音に乗って蘇ってくる。逃げ場など、どこにもなかった。
しかたなく、頭の中で銃を分解してみる。
構成、バレル、スプリング、ロッド――部品の形状と質量と配置を、何度も何度も思い出していく。
精密で、静かで、無機質なものの中に意識を落としていけば、この騒がしさを閉じ込められるような気がした。
……無理だった。
手足の先がじんわり火照っている。神経が研ぎ澄まされすぎて、どこにも重心が定まらない。
もういい、と心のどこかで観念しかけて、そっと身体を起こそうとした、そのときだった。
「どうしたの?」
くぐもった声がした。眠気と甘さが入り混じった、柔らかな響き。
レックスだった。ゆっくりと身じろぎして、こちらへ向き直ってくる。
その顔には、雨の音も雷の轟きもまるで届いていないかのような、静かな安らぎが漂っている。
この騒音が気にならないのか、それとも本当に気づいていないのかもしれない。イザベルは呆れに似た気持ちと、少しの羨ましさを覚えた。
「……いいから、寝てて」
そう言いかけた口元が、ふいに閉じられる。
レックスが腕をのばし、ゆるやかに、しかし逃れられない力で彼女の身体を引き寄せたからだった。
湿った肌と布団の隙間に、安心できる場所なんて存在するはずがないと思っていたのに、その一角はひどくあたたかくて、ほっとするのが悔しいくらいだった。
髪に、手が触れた。撫でて、なだめて、優しい指先がそっと滑る。
「よしよし」
その言葉も、その手つきも、まるで子どもをあやすかのような気安さだった。
怖いわけじゃない。ただ、うるさいだけ。そう思って口を開きかけたけれど、結局そのまま口をつぐむ。なぜだか怒る気にはなれなかった。
そのかわり、イザベルはそっと顔をレックスの胸元へと預ける。
そこに耳を押し当てると、彼女の心音が聞こえてくる。正確で、規則正しくて、やわらかく、ずっとずっと深いところに降りていく音。
しばらくそうしていると、雨の音も雷鳴も、少しずつ遠ざかっていくような気がした。
いや、違う。音は変わっていない。ただ、気にならなくなってきただけ。
レックスの指が額に触れ、髪をよけ、後頭部をやさしくなぞっていく。
イザベルは眉根を寄せながらも、じっと動かずにいた。誰かの手が触れてくることで安心してしまうなんて、どこかが壊れかけている証拠だと思う。
でも――たまには、こういう夜があっても、許されるのかもしれない。
眠気が、ようやく、遠くからそっと歩いてくる。
