力学
ステラは工具箱の前で小さく息を吸った。
薄暗い整備室の中、冷えた金属の匂いと、天井から落ちる光が静かに空気を満たしている。
彼女が選んだのは、銀色のドライバー。
使い込まれた柄には細かな傷が刻まれていて、それがまるで何かの勲章のように見えた。
コールの隣にしゃがみこみ、配線だらけの端末を前に、ステラはドライバーを構える。
けれどその手つきは、どこかぎこちない。指先に力を込めすぎて、工具がぷるぷる震えている。
「ドライバーは押す力が80%、回す力は30%でいいの」
コールの声が隣から落ちてくる。いつものように静かで、的確で、なだめるように優しい声色だった。
けれどその言葉に含まれる違和感に、ステラはぴたりと動きを止めた。そのまま、真剣な瞳でコールの横顔を見据える。
「つまり、ドライバーを回すためには己の限界を超えろってことですか!?」
コールは口を開きかけ、やめ、また開き、最終的に息を吐いた。
「言い間違いに全力で食いつかないで……」
彼女から視線を外し、コールは小さく顔を背けた。ほんの少し照れたようなその仕草に、ステラはくすりと笑った。
対処法
冬の寒さが骨身にしみる室内で、ステラが眉を寄せて言った。
「どうしよう。外の水道管が凍結しちゃってます。」
コールが少し困ったように目を細める。
「ほんと? 気をつけてたのに……」
二人は顔を見合わせて、途方に暮れたような表情を浮かべる。
ステラが肩をすくめて続けた。
「熱湯を掛けても叩いても叱ってみても、何の反応もなしで……」
リプリーが横から淡々と口を挟む。
「もっと怒鳴ってみれば?」
コールが軽く笑いながら提案した。
「むしろ誉めてみたらいいかも」
ステラは軽く呆れたように息をつき、顔をあげる。
「これ、私がツッコミ役に回る感じですか?」
痛覚
ステラが、湯気の立つマグカップを両手で包んだまま、ぽつりとつぶやいた。
「……不快な痛みって、ありますよね」
コールとリプリーが、ちらりと彼女に目を向ける。
ステラは遠くを見るような目で続けた。
「たとえば、水の中で鼻から思いっきり息を吸っちゃったときの、口の奥の……上の方の……あのツンッてくる感じとか」
眉をわずかにひそめながら、思い出すように鼻をさすった。
リプリーは少しだけ目を細め、思考の底から答えを引き上げるように、静かに言った。
「……そもそも痛みって、だいたい不快じゃない?」
その瞬間、ステラの肩がピクリと震えた。
「!!!!!!!」
すべての思考が停止したような顔で固まり、マグカップを持ったまま、瞬きさえ止まる。
コールは自分のカップを置いた。
「話が終わった……」
部屋の空気が、しん、と落ち着いた。
まるで誰かが照明をひとつ消したような、そんな静けさだった。
