共鳴メカニズム

シーラは前向きな性格の女だった。
およそ絶望というものに無縁で、どんな場面でも最善の道を探すのがうまい。かといって、楽観的や能天気ともまた違っていた。
やや心配性なところはあるとしても、それが悲観にまで繋がるようなことはなく、プレデター種の女性にありがちな神経質さもほとんどみられない。

だがそんな彼女も、今回ばかりは隠しようもなく落胆していた。
長旅の苦労が水の泡と消えたせい、そしてこれからたった一人でクランに帰らなければならないせいだった。
地球に行くと言ったきりずっと姿を消していた友人が変わりなさそうだったのは嬉しいし、また顔が見られて、声が聞けて、どんなに安堵したかわからない。
納得がいかないのは、エリザが自分と一緒に来てくれなかったことだ。ここに残ると主張したことだ。
あの子がよりによって人間なんかに執心するなんて!

エリザを連れ戻しにいくと宣言したとき、クランのメンバーには「絶対に不可能」だと笑われた。「どうせ聞きやしないんだから放っておけ」「無駄足になるよ」とまで。
シーラも負けじと虚勢を張ったが、実際、それらの忠告はこうして現実のものとなってしまった。
無気力さが鉛のように心を押し沈め、シーラは肩を落としたまま、しんとした裏通りに佇んでいた。
しかしいつまでもこうしている訳にはいかない。白昼の街中ではあまりに目立つ色柄の身体を光学迷彩で隠すと、彼女は地面を蹴って手近な家のベランダへ、屋根へ、ビルの屋上へと跳び上がった。
軽く背伸びをしながら、宇宙船を隠してある方角を確かめる。だけど——このまま引き返すのもつまらなく思えた。
つかの間の逡巡は、狩りへの誘惑が勝ちをおさめた。


見下ろす大通りを、多様な人間の群れが右から左へ、左から右へと絶え間なく行き交っている。
身体の大きいもの小さいもの、武器を携帯しているものしていないもの。どこからともなく現れては消えていく獲物候補たちは忙しげに歩くのに夢中で、はるか高い屋上から捕食者の目が光っていることにも気づかない。
今の時代、よほどの物好きか田舎から出てきた旅行者でない限り、空など見上げないものなのだ。

おかげでシーラはじっくり時間をかけて獲物の選定に取り組めた。
だがどうも、これといったターゲットが見つからない。
ほとんどは狙うに値しない存在で、たまに武器を携えたのがいたとしても闘志をくすぐられるまでには至らなかった。
そのうち、彼女は自分がメスの個体ばかりを注視していたことに気がついた。エリザが飼っているのと同じ、人間のメス。
思い出した途端にまたしても不満がふつふつと沸き上がってきて、その感情を振り払うかのようにシーラは顔を背けた。
そして——偶然にも見つけてしまった。一匹の人間を。

強まりつつある風に長い髪をなびかせる女から、シーラはたちまち目が離せなくなってしまった。
長身で、背筋をピンと伸ばした隙のない姿勢には誇りと自信がみなぎっている。力強い視線は進行方向の一点を見つめたまま一瞬たりとも揺るがない。
早足に歩き去る後ろ姿を視線で追いかけつつ、シーラは首をかしげた。
——怒ってるのかな?
やがてその姿が小道に入って見えなくなってしまうと、彼女はすっくと立ち上がり、軽やかに隣のビルへと飛び移った。
胸に芽生えた、衝動にも似た好奇心を昇華させるために。


それから二ヶ月後。
シーラはビルの屋上ではなく、ある一軒の民家にいた。

「ソレデネー、今日ネ」
「うん」
「面白イモノ見ツケテネー」
「そう。シーラ」
「ソレデ……エ、ナニ?」
「重い。暑苦しい。泥臭い。くっつかないで。あと私いま忙しいの」

十本の指が信じられないスピードでキーボードを叩いている。シーラはその指とモニターに釘付けの真剣な横顔とを交互に見やると、鉄マスクの顔をわずかに傾けた。

「ジャマ?」
「さっきそう言ったつもりだけど」

指の動きを止めることなくニーナが答える。あの日早足で歩いていた痩身の人間は、やはり何をするにも性急だった。
そんな彼女の唇からため息がひとつこぼれ落ち、カタカタと鳴り渡っていたキーボードの音が途切れた。至近距離から注がれる視線に負けて、ニーナは渋々シーラの顔を見た。
楽しげに喉を鳴らす異星人に向かってこれでもかと鋭い視線を投げ掛ける。

「何か?」
「ニーナッテ、私ノ友達ニネ、似テル」
「ありえない」
「愛想悪イ所トカ」
「ああ、そう。……やめて、頭に手を置かないで」
「カワイイ」
「うるさい」

怒ったニーナの手によって追いやられた隣の部屋で、シーラは先ほどの自分の言葉を思い返していた。
あれは無意識に口にした言葉だったけれど、確かにニーナはエリザにすこし似ている気がする。素っ気ない態度も、すらりとした長身も、長い髪も強気な瞳も。
不思議なのは、そのことが確かに嬉しい反面、認めたくない気もすることだ。
どうしてかはわからない。わかってしまうと持ち前の前向きさを失いそうな予感がするから、あまり考えたくもなかった。

窓を揺らす風の音に反応して、シーラはガラスの向こうに目をやった。
この雨天では、考えごとを振り切る手っ取り早い方法は使えそうもない。いま屋外に繰り出そうものならものの数秒でクローキングデバイスが機能しなくなるだろう。

「……雨」

背後から聞き慣れた声がした。振り返ると、つまらなそうな顔つきのニーナが立っていた。
右手には携帯電話、その小さな相棒を机に置いて彼女は窓辺を睨む。

「夜まで降るって」
「ソッカ」

誰かと分かち合えるなら退屈も悪くはないもので、ニーナの登場によってシーラの機嫌は急速に上向いた。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、こっちへおいでとニーナを手招く。ぜひとも自慢したかったあれを見てもらういい機会だ。
シーラはさっきまでもてあそんでいた“戦利品”をニーナの方につき出した。戦利品とはすなわち、人間の頭蓋骨である。

「コノ間、仕留メタ」

この獲物には苦労させられた。そこそこ名の立つ犯罪者だっただけに取り巻きが大勢いて、まずそいつらから片付けなければならなかったし、当人もそこそこ腕が立ったからだ。
いつものようにリストブレイド一本で済ませるはずが、ワイヤーやレイザーディスクまで使うはめになったのは予定外であった。
その上でやっと仕留めたのだから、褒められてもいいはずだ。
ところがニーナはいかにも不愉快そうに顔をしかめて後ずさってしまう。

「やめて、それどっかやって、見たくない」
「ドウシテ?」

声に不満と傷心を半分ずつ滲ませたシーラはしぶしぶ戦利品を脇へ置くと、腰を屈めてニーナの顔を覗き込んだ。

「不愉快だから。あなたたちの習性について今更どうこう言うつもりはないけど私を巻き込むのは——」

残念ながら、ニーナのお小言はそこで中断を余儀なくされた。シーラが彼女の体を高く抱き上げたからだ。
舌でも噛みそうになったのか、慌てて口元を押さえたニーナが抗議の声をあげる。それが聞き入れられないとなると、彼女はますます目つきを鋭くした。

「降ろして」
「ニーナハネ、似テルノ、友達ニ」
「さっき聞いた。いいから降ろして」
「不思議ナ気持チニナル」

シーラは腕の中の人間をまじまじと見つめながら考える——ニーナの顔つきは自分たちと全く違う。肌だって薄くてなめらかで、明らかに異質に思える。
なのにどうしてそれが嫌じゃないんだろう?

「不思議ってなに」
「ワカラナイ、ケド」
「……言っとくけど私は宇宙人なんて好きにならないから」

思いがけぬ衝撃に、シーラはつい大きな音をたてて喉を鳴らしてしまった。
人間で言うところの「あっ!」という叫びは獣の唸りにそっくりで、驚いたらしいニーナが首にしがみついてくる。ぎゅうっと音がしそうな両腕の強さと体温がシーラを現実に引き戻し、だが新発見の衝撃はいまだ抜けきっていない。
こんな単純なことを今までずっと見落としていたなんて!

「多分、ソレ!《好き》」
「人の話聞きなさいよ」
「《好き》」
「うるさい。……じゃあシーラが好きなのは私じゃなくてそのお友達とやらでしょ」

またしても、思いがけぬ答えだった。シーラはしばらく考え込んで、至近距離からじっくりとニーナを見つめた。
負けじと睨みかえしてくる視線がどこか懐かしく、馴染み深いものに思える。

「イイノ、今ハニーナガ《好き》ダカラ」
「あっそ」

シーラはカタカタと牙を鳴らした。とても楽しい気分だ。
だって顔をそむけるニーナの声がどんなに素っ気なかろうと、態度がどんなに冷たかろうと、言葉とは裏腹に小さな心臓が高鳴っていることなど彼女にはすべてお見通しだったから。

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