魔法使いになりたい

自由は怖い。最近そう考える。
始まりが『自由』なら終わりも『自由』なんじゃないかって、考えてしまうから。
誰かにとっての自由は誰かの不自由なんだって、気づいてしまったから。
いつもふらりと消えて私をさんざん心配させては悪びれる様子もなくまたふらりと帰ってくるエリザはとても自由で、私は不自由だ。
永遠なんて存在しない。そうも考える。
そもそも私はもう『永遠』を妄信できる歳ではないし、誰かが私に『永遠』を誓うとしても、それはせいぜい数時間しか効力のないベッドの上での戯れ言に過ぎない。
だけど今、私はなによりも永遠を欲しているんだから笑えてしまう。

窓もドアも閉め切った暗い部屋に、空気が漏れるときのぷしゅっという快い音が生まれた。音の発生源はエリザのマスクで、彼女は今まさにその重たい金属を外そうとしているところだった。
やたら気位の高いこのひとが私に素顔を許してくれるようになるまで、思えば随分かかった。そう思うと急に愛しさが膨れ上がって、広い額に自分の額をくっつけてみる。
形ばかりの抵抗で顔を背けはしても私を引きはがそうとはしない可愛いエリザの髪が揺れて、ぶつかった飾り同士がカチカチと音を立てた。
その髪のあいだに指を潜らせて頭を引き寄せると、渋々といったふうにエリザがこちらを向く。
黄色い瞳。研ぎ澄まされた眼差しは鋭く、猛禽類のそれを思わせる。強い意志を宿したこの瞳は私の知らないものや出来事をたくさんたくさん見てきたのだろう。
そのうちのたった一つでも分かち合えたらと願うけど、私とエリザはあまりに遠い。

「キスしていい?」

とは言え特徴的な外顎と大きな牙を持つエリザと人間みたいにキスをするのは難しい。それに唇だってないし。
だから結局私にできるのは額や頬に口づけることだけで、だけど最近はそれでもいいかなって思ってる。
この不自由は、嫌な不自由じゃない。

冷たいシーツに無防備に横たわるエリザの剥き出しの肌に、私はいくつもの熱を降らせる。次第に獣のにおいが濃くなって、ああ気持ちいいのかなって思ったら愛おしくて泣きそうになった。
ときどき獲物の返り血で生臭さを増すそれには最初の頃こそ辟易したものの、今ではこれが彼女のにおいなのだと思うとクラクラするほどの幸福感を覚えるのだから不思議なものだ。
まだ自分の中の恋愛感情に気づいたばかりの頃、エリザのことは好きだけど異星人とのセックスなんてと尻込みしていた自分をふと思い出す。
でも結局は、我慢の出来なくなった私がエリザを押し倒してしまったんだっけ。あの時のエリザの可愛さったらなかったな。

「ふふふ……ううん、なんでもない。なんか嬉しくなっただけ」

こんなふうに触れたり触れられたりすることが、すごく自然な行為に思えるのが嬉しい。
訝るエリザの腕が伸びてきて、長い爪が私の肩を引っ掻いた。
お返しに引き締まった脇腹に指を這わせるとエリザがわずかに身じろぐ。「くすぐったがりだね」と笑ってお腹にキスをしたら不満げな顫動音は喘ぎに変わった。
低く唸る声は女性らしさからは掛け離れていても、私はこの獣じみた声が好きだし、それに何というか、ひどく興奮してしまう。

大きく胸を波打たせ、懸命に息を整えようとしているエリザを見ていたら気持ちはますます高ぶって、そのうち本当に泣いてしまうんじゃないかと思った。
泣いたら困らせてしまうだろうか。嬉しくて愛おしくて零れる涙もあるのだと説明するには、夜はあまりに短すぎる。
だからもっともっと時間が欲しい。もっと永く、永く。

「エリザ」

私はもう、永遠を妄信する無垢な少女じゃない。
自由の怖さも永遠の脆さも知っている、だけど……だからこそ言葉の大切さを知ったうえで口に出すこともできる。

「あのね、エリザ」

それにほら、たとえベッドの中の戯れ言でも、そう、もしかすると今夜魔法が宿るかも。

「永遠に愛してる」

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