彼女と彼女と、そして彼女

長い髪が揺れる。墨のように黒いその髪に、円筒状の小さな髪飾りが一つひとつ取り付けられていく。
椅子に腰かけたクロアはおとなしく目をつぶって、髪飾りが閉じるときの『ぱちん、ぱちん』という音に聞き入っている。
今日のクランはあまりに静かだから、他には物音ひとつ聞こえなかった。

それもこれもトラブルメーカーのマリスが謹慎命令を食らっているおかげなのだから、処分を下してくれたエセルには感謝してもしきれない。
もっとも3日も狭い部屋で何もせず過ごす退屈には同情するし、だから明日マリスが戻ったら優しくしてやろうとクロアは決めていた。

「いた、」

急に髪を引っ張られて、クロアの物思いはそこで断ち切られた。
思わず飛び出た抗議の声にもヒルダは気づかなかったようで、また力がかかる。

「ちょっと痛い……聞いてる?」
「ん?」
「痛いの、そんなに引っ張られると」
「あぁ悪かった。考え事してたから」

それきり黙りこむヒルダの態度は素っ気ない。
だがこの不機嫌は自分に向けられたものではないらしかった。クロアは体の向きを変えて相手を真正面から仰ぎ見た。

「エリザのこと?」

もちろん、訊くまでもなかった。二人の相性の悪さを知らない者はこのクランにはいないのだから。

べつに、エリザが何かした訳じゃない、ヒルダが何をした訳でもない。ただ昔から反りの合わない二人はちょっとしたはずみに衝突を繰り返していて、関係は悪化の一途をたどっている、それだけの話。
考えてみれば、何でも自分の思い通りに動かしたいヒルダと他人の干渉を嫌がるエリザがうまくいくはずなんてないのだ。
だからこそ他のメンバーはそろって住み分けを提案し、「気に入らないなら構わなければいい」と言う。実際、エリザはずっとヒルダを遠ざけている。
だけどヒルダには同じことが出来ない。相手を遠ざけるのも視界に入れないよう避けて過ごすのも、彼女にとっては敗北を意味する行動に他ならないからだ。

「むかつく女」

ヒルダが吐き捨て、クロアはひっそりとため息をついた。愚痴も悪態ももうお腹一杯だった。エリザが再びどこかの星に狩りに出ていくまでこんな状態が続くのかと思うとげんなりしてしまう。
疲労の浮かんだ赤い両目で、クロアは恨めしげに相手を見上げた。
せっかくの日をぶち壊しにされた気分だが、誰が悪い訳でもないから怒りの持って行き場が見つからないのが悔しかった。

ヒルダのことは好きだが(多少傍若無人だとしても、彼女にはいいところもある)モヤモヤさせられることが多いのもまた事実。
苛立ちよりももっと息苦しい、喉の詰まるようなこの感情を残らず吐露できたらとクロアは思う。
いま金色の髪飾りを掌の上でもてあそびながら、刺々しくもどこか物憂げな顔をしているこの相手に「もうやめない?」と言えたなら。
落ち着かなくなって席を立つとヒルダがこちらを見た。その視線になぜかぎくりとして、クロアは喉まで出かかっていた言葉を押しとどめた。

「クロア」
「ええ?」
「座って。残りがまだなんだから。ほら、いいから座るのよ」

クロアは言われた通りに黙って腰を下ろした。苛立っている相手に触られるのは本当は気が進まないが仕方ない。
ヒルダの指がまた髪を一本すくい取り、ぱちんと飾りを取り付けた。

「何を狩りにいくつもり?」
「どうして? 今日はどこにも行かないけど……」
「なんだ、そうなの。急に身支度なんか始めたからてっきり」

背後でカタカタと牙を鳴らす音がクロアにも聞こえ、彼女はむっとして黙り込む。
狩りは楽しいがたまにはこんな日があってもいいはずだし、その日を友人と二人だけで過ごしたいと願ったとして、それを笑われるいわれはない。
そのためにエセルから託された雑用をシーラに肩代わりまでしてもらったのに。

「クロア。……クロア?」
「ちゃんと聞いてるよ。でも先に私の話を聞いてね、いい? 今日はもう他の誰の名前も口にしないで」

珍しくも戸惑いを隠しきれずにいるヒルダには構わず、クロアはただ目をつぶって髪飾りの音に聞き入った。

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