既に手遅れ

最近、新しい友人が出来た。
名前はロスト。とても大きくて、たくましくて、ちょっと……いや、だいぶ変わった姿をした男性だ。
それも人間ではなく、宇宙のどこか遠い星からやって来た異星人、それが彼である。

彼は私が彼のことを恐れなかった勇気を事あるごとに褒めてくれる。
確かに初対面のあの日、私はひどく驚きこそすれど恐怖は感じなかった。むしろ切ないような、懐かしいような気持ちがしたものだ。
だけどその理由をロストに打ち明けたことはない。
……いやあ、だって、やっぱりなかなか言えないと思うんだよね、「むかし飼ってたミドリガメが変身して帰ってきたのかと思ったから」なんて。


猫背を更に丸くして、ロストはテレビから流れる天気予報を聞いている。
と言っても明日の天気に興味があるわけではなくて、彼は人間の声を聞いたり言葉を真似るのが好きなのだ。
やけにSF映画ちっくなデザインの防具をまとう身体は硬いウロコに覆われていて、色は鮮やかな緑色。ところどころに赤い挿し色が入っている。うん、やっぱりミドリガメだ。
そんなどこかの怪獣映画の悪役みたいな風貌をしているくせに、ロストは実はとてもお茶目さんだったりする。多分、私が惹かれているのはそういうところなのだろう。
笑い声を漏らす私を振り返り、ロストは訝しげな表情をつくった。

「ン?」
「なんでもない。台風来るって?」
「ナンダソレ?」
「強い風と雨」

ふーん、と特に興味もなさそうに、ロストは再びテレビに向き直った。
かと思えば振り返って、隣に座れとソファーの空いた場所を手のひらで叩く。まったく、忙しいやつめ。
ところがそのとき、私の携帯が鳴った。
流れ出る流行りの曲のリズムに、それを真似るロストのたどたどしい声が重なる。私が電話に出て音が止まると、広い両肩が「途中だったのに」とでも言いたげにがっくり落ちた。

「《猫》?」

ロストが興味津々に訊いてきたのは、終話ボタンを押したのとほぼ同時。
ネコとはなんだったろうか、懸命に思い出そうと小首を傾げる仕種がやたら人間くさい。

「ほんと無駄に耳いいよね……。まあいいや、あのね、友達んとこで猫飼うらしくてね、名前付けてくれないかって言われた」

ロストの赤い瞳がきらきら輝く。「俺が考える!」なんて挙手までしちゃってまあ。

「わかったわかった、じゃあお願いしますよ」

私は私で、彼の隣に腰をおろして、宇宙人のネーミングセンスってどんなもんだろうか、なんてちょっと楽しみにしてたりなんかして……

たんだけど。なんかいろいろ予想の斜め下過ぎた。

「もげりんとん」
「却下」
「モッサス防衛」
「意味がわからない」
「ナニーニョ」
「ちょっとマシだなって思っちゃう自分が許せない」
「山芋大先生」
「猫だから」
「ザリガニ無限大」
「なにがだよ。だから猫だよ」
「はんぺん御殿」
「住みづらいわ!」
「火繩侍」
「もういいです」

ダメだこいつ。なんかもうダメだ……。ミドリガメ星人のネーミングセンスハンパない。泣けるくらいハンパない。
しかも本人は何が悪いのかわかっていないあたり、末期だ。

「ジャア、」

不満げな態度から立ち直ったロストが私の肩をつついて注意を促す。また何か思い付いたんだろうか。

「“エリノア”ガ良イト思ウ」
「うっわ、なにそれ。どういう意味——」
「ダッテ俺、エリノアッテ名前好キダ。一番好キカモシンナイ」
「は……!?」

発火するかと思った。
……もう、なんでいきなりそういうこと言うかな!
これでもしも、もしも惚れちゃったりなんかしたら、この異星人はどう責任をとってくれるんだろうか。

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