リリはいつものように微笑んで、自分の手から皿を受け取ってくれた。
優しい声で、ありがとうね、の言葉付きで。
そこでジェイソン・ボーヒーズは思いを巡らせた——こう言われたのって、今日で何回目だっけ?
昨日は、そしてその前はどうだっただろうとも考えた。だが、「ありがとう」の回数を数えるには両手だけじゃ足りないようだ。
「なにしてんの?」
あまりに真剣になって自分の両手のひらを見つめていたからだろうか、リリの声は今にも笑い出しそうに震えている。
ジェイソンはあわてて首を振ると、ホコリでも払うように手を叩いてごまかした。
他に手伝えることはないかと、几帳面な手付きで食器棚を整理するリリの隣にぴたりと寄り添う。
「もう大丈夫だよ、ありがとう」
キッチンの窓から射し込む光がちょうど二人を包み込むようにきらきらと揺れている。その窓の方へとまぶしそうに手をかざしたリリが提案した。
「じゃあこれ終わったら洗濯物干しにいこうか。あ、そろそろ夏物も出さないと。あとで手伝ってくれる?」
そういえば今朝花の水やり忘れてたんだよね、とのんびり続ける声にうんうんと頷きつつ、ジェイソンはまた考えた。
——ぼくはリリに「ありがとう」って言ったことがない。
もちろん感謝の気持ちを告げたいのはやまやまだが、残念ながら彼の喉はとうの昔に機能を果たさなくなっていた。
無駄だと知りつつも空気を胸いっぱいに吸い込み、声帯を震わせようとする。だがやはり、どう努力しても役立たずの喉から漏れるのは苦しげな息の音だけだった。
いらいらと首を振るしぐさと奇妙な音は、リリの注意を引いたらしかった。脱いだばかりのエプロンを手にしたリリがいぶかしげな表情を浮かべてこちらを凝視していふ。
「どうしたの」
それを訴えるすべがないから困っているのだと言いたかったが、殺人鬼にできることといえば、ただ薄青色の目をぱちぱちさせて、すがるような気持ちでリリを見つめ返すだけだった。
まさかそれで何かが伝わるはずはない。
だから嬉しそうなリリが「どういたしまして」と笑顔を浮かべたときには、ジェイソンは飛び上がらんばかりに驚いた。
信じられない思いで相手の肩をがっしりと掴む、その無骨な手の上に、あたたかい手のひらが重なってくる。
「そんな気にしなくていいよ、ね?」
安心させるような、なだめるような声。
リリの頬がジェイソンのぼろぼろの服にやさしく寄り添う。そして彼女は今日何度目かもわからない言葉をさりげないふうに口にした。
「ありがとう。……一緒にいてくれて」
頬を真っ赤に染めて笑うリリの顔はきっと一生忘れないだろう、とジェイソンは思った。
