誰かの願いになれますように

思わず足を止めたのは、通りがかりの雑貨店の軒下に並んだそれらがあまりにきれいだったから。
夕方の気だるげな日差しをまとって兵隊のようにお行儀よく整列した、ちいさなちいさな観葉植物たち。
両手のひらですっぽり包み込めてしまうくらいの大きさの、クリーム色の植木鉢をひとつ選んで目線の高さまで持ち上げる。中にちょこんと収まった植物は、いかにもみずみずしくてふっくらしていた。
そういえばこのあいだテレビで言ってた。“これ”も最近じゃどんどん品種改良が進んでて、世間で思われているよりずっと容易く花を咲かせてくれるようになったんだって。

「ただいまー」

寄り道と混雑するレジのせいで、玄関を開けたときにはいつもの帰宅時間を20分も超えていた。
たかが20分、だけど私たちには大切な20分。
玄関で室内用の靴に履きかえていると、リビングのドアが開いて薄汚れたホッケーマスクがひょっこり顔を出す。その普段と変わりない様子を目の当たりにして、私はやっと胸をなでおろした。
おかえりの代わりにうなずく彼——ジェイソンに夕飯の食材が入った袋を渡して、それから大きな体をぎゅっと抱きしめる。いつものように。

「お留守番ありがとー。ね、ね、それ置いたらちょっとこっちきてよ」

素直な彼は言われた通りキッチンのカウンターに買い物袋を置いたあと、のそのそと私のそばまで歩いてきた。
その袖口を軽くひっぱりながら、逆の手で白い出窓に置いた鉢植えを指差す。

「ほら見てー、サボテン!」

残念ながら、とりたてて面白い反応は得られなかった。
それどころか無口な視線は困ったような様子で私と鉢植えのあいだをくるくる行ったり来たりせわしない。
サボテンを見るのが初めてなのか、どうして急にこんなものをと思っているだけなのか、それは私にはわからないけど。

「ちっちゃくて可愛かったから買ってきちゃった。これ、すっごくきれいな花が咲くんだよー。見たことないでしょ?」

打って変わって、『本当?』と問いかけるように目を輝かせるジェイソン。
黒い革手袋の手が、意を決したようにサボテンに向かってそろそろ伸びていく。柔らかなトゲをそっとつつく動作はまるで初雪にでも触れるかのように慎重で、そんなジェイソンがサボテン以上に可愛くってついついにやけてしまう。
楽しみだね、という私の言葉にうなずいたときも、彼の薄青色の瞳は丸々とした緑色の植物に釘付けになっていた。
よかった、気に入ってくれたみたい。


「ジェイソン、ご飯——なにしてんの」

でも、そうね、まさか夕食が出来る頃になってもまだ凝視してるとは思わなかったけど。
規格外に大きな体をぎゅっとちぢめて出窓の前にしゃがみ込んだジェイソンは、私の声を聞いているのかいないのか、微動だにしない。

「ジェイソン? おーい、ジェイソン君や」

肩をつつくとホッケーマスクの顔がやっとこちらを振り返った。
特に驚いたふうもなく、かといって楽しみを邪魔されたのを嫌がるでもなくて、いたって純粋に、子犬みたいな丸い瞳をきょとんとさせてこちらを見上げてくる。

「そんなにすぐには咲かないから凝視するのはやめてあげて……威圧感で逆に枯れそうだから」

すると子犬の眼差しはたちまち疑問符でいっぱいになった。
この手の観葉植物を育てた経験がないのかもしれない。まぁ、それもそうか……いままでそんな機会はなかっただろうし。
私はジェイソンの広い背中をゆっくりと撫でさすりながら、彼の頭越しにクリーム色の鉢植えを覗き込んで、丸まったハムスターのようないでたちの植物を観察した。
開花まであと何日ってカウントダウンでもあればわかりやすいんだけど。

「どうだろう、でもこれから寒くなるから……早くても来年の春とか?」

どうやらこの答えは彼の期待を裏切ってしまったらしい。すっかり意気消沈した背中がサボテンと同じくらい丸くなって、わかりやすくしょんぼりしている。
本人には悪いけど、こんなことくらいで一喜一憂してしまうのが可愛くて仕方がなかった。

「でもね、ほら」

ぽんぽんと二の腕をたたいてジェイソンの注意を引き、再びこちらを向かせる。
これから冬になり、春がきて、花は咲くかもしれないし咲かないかもしれない。私はそれでもよかった。
ただただジェイソンが花を見たいと望んでくれたことが嬉しくて、ふたりで同じ願いを温め合えるのが嬉しくて、このささやかな出窓を特別な場所に変えられたことが嬉しかったから。

「一緒に育てる楽しみができたでしょ」

それが来年でも、再来年だとしても、いつかはきっと一緒に祝える日がくるだろうし、そのときは世界でいちばん愛しいこの人と世界でいちばん喜びたい。

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