助手のお願い

 宇宙船オリガ号の一角、人工重力と調整された気候制御が働く“グリーン・ルーム”。
 研究員たちの心身の安定を目的に作られた癒しの空間であり、同時に、植物に関する実験や研究も許可されている。
 その一角で、白衣姿のステラ・メイヤー博士が真剣な眼差しで携帯端末の画面を操作していた。
 彼女のすぐ隣では、艶のある茶色の生体——ゼノモーフが、まるで忠実な大型犬のように床に伏せていた。
 頭部のドームがぴたりとステラの膝あたりに寄せられており、彼女が指先で画面を操作するたび、つややかな尾がゆるやかに左右へと揺れる。
 そしてふたりがいま説得を試みている強敵は、グリーン・ルームの管理を取り仕切っているリディア・アマドール中尉だ。

「——こちらは地球由来のナス科です。全草有毒ではありますが、発色が非常に美しく、夜間にはかすかに発光する性質が……」
 ステラは手元の端末を軽く掲げて、向かい側の女にも画面が見えるように角度を変える。わずかに首を傾けるようにして言葉を続けた。
「情緒がありますよね?」
 その瞬間、隣のゼノモーフが静かに首をもたげ、つるりとしたドームヘッドを縦にコクン、と揺らした。
「却下です」
「えっ、早くないですか? いま情緒があるって言いましたよ?」
「聞きましたけど、却下です」
 しっぽをぴたりと止めたゼノモーフが、アマドールを一瞬見やる。無言ながら、何か言いたげな空気を放つ。
 しかたなく、ステラはスワイプで次の資料へと切り替える。
「ではこちら。アステロイド324番で採取された異星種。葉から毒性のある蒸気を発しますが、同時に神経系の鎮静作用も──ほら、癒しの方向性では……?」
「はい、却下です。それも却下。それとそれも。ついでにそっちも。ぜんぶ、却下です」
 軍服に身を包んだアマドール中尉は、額を押さえて盛大にため息をついた。環境統制責任者という役職がこんなにも面倒だとは、なってみるまでわからなかった。

 そしてもう一つ。船内でも有名な問題児博士の隣でうなずいている、どう見てもゼノモーフな“それ”を、なぜ自分が今ここで無視し続けているのか、考えれば考えるほど頭が痛くなる。
 チラ、と目をやる。
 ゼノモーフはすでに彼女の視線を感じたのか、また小さくうんうんとうなずいていた。ドームが揺れる。尻尾も揺れる。
 その律儀なリアクションに、中尉は視線を逸らすしかなかった。
「……博士。これまでに何度も申し上げてますが、この部屋の目的は“癒し”です。“緑の地獄訓練場”じゃありません」
 しかし、そもそもこれで諦めてくれるような相手なら苦労はないのだ。
 案の定、白衣の女はいつも通りの表情の乏しい顔に、しかし確かな熱意を浮かべながら、机の上に両手をついて身を乗り出す。
 視線はまっすぐ。伸びた背筋には“なんとか食い下がりたい”という気配が濃厚に滲んでいる。
 ゼノモーフもまた、それに呼応するように姿勢を正し、尻尾をピンと立ててステラの背後でじっとしていた。とても協力的だが、やはり空間の異物感がすごい。
「中尉、癒しにも多様性があると私は思うのです。毒草が好きな人だって、きっと……この宇宙のどこかには……」
「ここはその“どこか”じゃありません」
 
 それでも諦めないステラは端末を持ち上げ、指先で操作しながら複数の植物画像を一覧表示させた。
「見た目だけは穏やかで、棘も少なめで、香りも悪くないものもありまして——具体的にはこの種とか……」
「“だけ”って。やっぱり相当やばいものを持ち込もうとしてますね?」
「そこは口が滑りました」
 ステラはあくまで平然とした表情のまま、しかしわずかに目が泳いでいる。
 その傍らではゼノモーフが再びうんうんとうなずき、口が裂けたような無表情の顎をわずかに開けて、くぐもった喉の音を鳴らした。賛同の意のようにも、笑っているようにも聞こえる。
「ですが、見た目は可愛いんですよ。鋸歯状の葉とか、小さなトゲの並びとか……無害な植物にはない、芯のある造形美というか」
「その“可愛い”の基準がもう既に間違ってます」
「じゃあ……毒性が比較的安全な種に絞ってみましょうか?」
「そういう問題じゃありません。ていうか、“比較的”ってなんですか。癒しを“比較的安全”に提供されても困ります」
 アマドールが咳払いをひとつ挟んで、お説教を続ける。
「博士、正直申し上げて、また何か“うっかり”実験の種にするつもりなんじゃないかと……ええ、胸騒ぎがします」
「偏見では?」
「実績に基づく懸念です」

 しばし沈黙したのち、ステラは無言で端末の画面をスリープ状態にし、ゆっくりと机に置いた。
 わずかに伏せた顔、その動きからは、しんとした落胆の気配が伝わってくる。
 その横ではゼノモーフもぴたりと動きを止め、長い尻尾を床に伏せてステラを見上げていた。
「……つまり……全滅、なのですね……」
「ええ、すべて却下です。お気持ちは察しますが」
 途端にしゅん、と肩を落とすステラ。
 その表情にほとんど変化はない。だが、長めの沈黙、わずかに項垂れた首筋、足元で力なく揺れる白衣の裾——すべてが無言で語っていた。
 そしてそのすぐ隣、がっかりしたように伏せて、顎を床につけているゼノモーフの姿もまた、静かな敗北の空気を増幅していた。
「わかりました。また改めて別種の申請書を提出に来ます」
「来ないでください」

 その姿を、たまたまグリーンルームを通りかかったカーリン・ウィリアムソン博士が遠巻きに目撃していた。
「また毒草の申請してるのかしら」
 ふふ、と肩を揺らして微笑んだ。

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