小ネタ-飲酒論

 休憩室の灯りは、昼夜サイクルの切れ目を見失ったように、いつでも同じ温度の光を保っていた。壁際には薄暗がりができ、冷蔵庫の下では沈黙した影が伸びている。
 夜更けのこの部屋には、いつも何かしらの理由で眠れない者たちが集まる。言葉の少ない者、考え込む者、ただ疲れた身体を横たえる者。無言の空気がこの場所を満たしていた。
「全然寝られそうにねえな」
 その沈黙を破るように、デスティファノが低くつぶやいた。ソファに深く沈み込み、電子タバコの光をちらと揺らしたまま、備えつけの冷蔵庫に視線を投げる。
「酒でも飲むか……なあ、あんたらって酒とか飲むのか?」
 不意に向けられた問いに、ステラが顔を上げた。テーブルの端で身をかがめて、他の研究員の乱雑な走り書きを清書していた彼女は、ペンを置いて小さく息をつく。
「“飲める”の定義によります」
 彼女の声はいつも通りなめらかだったが、どこか疲れた響きも伴っていた。
「定義って……ふつうに、酔って陽気になるやつ。逆に面倒になるやつ。そういうのだよ」
「私はどうやってもダウナー系の酔い方になっちゃうので。自主規制してます」
「ダウナー系?」
 ふふっと笑ったのは、同じくメモを整理していたカーリン・ウィリアムソン博士。
 ペンを置きながら、穏やかな顔立ちに人好きのする微笑みを浮かべる。
「そういえばステラがお酒飲んでるとこ、見たことないわね」
「そうなんですー。酔うと基本ずーっと黙ってますし、『はい』と『いいえ』しか答えなくなるんですよね」
「NPCかよ」
 デスティファノが眉をひそめると、ステラは小さく首をかしげた。
「デスティファノさんのたとえ話、毎回よくわからないです」
「ちなみに俺は、そこそこ強いんだよな。酔ってても、腕相撲なら絶対負けねえ」
「なんで兵士の方々って、最終的に腕力自慢に行き着いちゃうんですか?」
「そういうもんなんだよ」
 デスティファノは肩をすくめて脚を組み直し、ソファのクッションを音もなく沈ませた。
「私は若い頃から全然ダメ。すぐ気持ち悪くなっちゃうのよね」
 カーリンが、清書した紙を整えながら苦笑する。どこか羨ましがるような口ぶりだった。
「カーリンさんはALDH2不活性型なのかもですね」
「急に呪文みたいなこと言わないでくれ……で、あんたは?」
 視線の先で、ゲディマンが無言のままタブレットをスクロールしている。ディスプレイの光が顔の輪郭をうっすらと照らし出し、その表情は掴みどころがない。
 何か論文を読んでいるらしいが、これまでの会話と質問は耳に入っていたようだ。
「私は飲めるが、飲まない。必要がないからな」
 その言葉には、微塵の迷いもなかった。空気の一片も揺らさない、揺らぎのない即答だった。
「酔うとどうなるんですか?」
「記憶が加速する」
 意味のわからない一言に、ステラとデスティファノがほぼ同時に瞬きをした。ゲディマンと付き合いの長いカーリンだけが、心得たように苦笑している。
「……どういうことですか?」
「出来事の時間的印象が引き延ばされる。私にとっては非常に不快だ。“愉快な酔い”ではなく、思考が延々と続くだけだ」
 ステラは目を細め、思索の表情を浮かべる。
「脳内GABA受容体の感受性の違いかもしれませんね。リラックスへの移行が起こらない体質だと、逆に内省だけが深まるケースもあります」
「さっきからちょいちょい雑談に呪文混ぜてくるのやめろ」
 デスティファノがうんざりしたように、刈り上げた頭をガリガリと掻いた。電子タバコの光がその手元に小さな輪を描く。
「……そういえば、8号はどうなのかしらね?」
 カーリンがふと思い出したように口を開くと、その場の空気が微かに変わった。誰もが手を止め、沈黙が部屋を包んだ。
「考えたこともなかったですね」
 ステラが背筋を伸ばし、両手を組んだまま指先をじっと見つめる。
 ゼノモーフとのハイブリッドという、あまりにも異質な存在——リプリーは、“酔う”という現象を体験するのか。そんな単純な疑問が、奇妙な深さを帯びていく。
「先んじてゼノモーフにアルコールを与えた際のデータを集める必要があるだろうな」
 ゲディマンも興味深げに応じた。指はもうタブレットを滑っていない。科学的関心の火が、ぴたりと目の奥に灯っていた。
「なんとなくですけど……酔っても、何も変わらなさそうですよね、リプリーさん」
「結局、酔ってもそうでなくても不気味ってことだろ」
 冷蔵庫の前から戻ってきたデスティファノが、缶ビールを片手に再びソファへと腰を落とす。缶を開けた音が、部屋にささやかな波紋を投げかけた。
「あのひとは裏表がないというか……本音もほとんど出なさそうですしねえ」
 うんうんとひとり納得しているステラの隣で、資料をまとめ終えたカーリンが、ステラのファイルの上に自分の束を重ねながら笑った。
「飲ませる側に回りそうよね。人の許容量を測るのが上手いから、限界を迎えるまで、わざとずっと飲ませてきそう」
 誰もがそれを想像し、しばしの沈黙が続く。
「……最もたちの悪いタイプかもしれないな」
 ゲディマンがぽつりと漏らしたその言葉に、休憩室の空気は、静かに、だが確実に、満場一致した。

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