ディーヴィアス・ガール

「いやぁああ! エコーがぁああ」

島の東側の外れ、断崖の上に建てられたヴェロキラプトルの飼育施設で悲鳴が上がるとき、それは非常事態が降りかかり、人命が脅かされていることを意味する。

「私のお弁当食べたぁあああ」

もちろん、そうでないときもある。
すると、ふたり——正確には1人と1匹のそばで卓上クーラーを修理していたオーウェンが顔を上げた。
使い込まれて錆の浮いたドライバーを手に持ったまま、涙目になっている同僚と満足げに口のまわりを舐めるラプトルとを順繰りに見て、汗の浮かぶ眉間にしわを寄せる。

「おい冗談だろ? なんか悪いもんでも入ってたら……」
「そっちかよ。私に同情してよ、っていうか私悪いものなんか食べないし!」

まったく話の通じない同僚に厳しい視線を投げつけてから、ニーナは壁の掛け時計を一瞥した。今から買いに走る時間はないし、今日のこの忙しさでは昼休みの延長も認められそうにない。

「オーウェンのせいで昼抜きになった責任とってよね」
「俺は食ってない」
「あなたの娘に食べられたんだからあなたに食べられたも同じでしょうが」

いくら恨みがましく責め立てられても、オーウェンは冷えたコーラ瓶を片手ににやっと笑うだけだった。
同僚に同情するどころか、むしろ溺愛するラプトルとの親子関係を認められたことで気を良くしたようでさえある。
それがますますニーナの機嫌を損ねるとしても、彼はまったく頓着していなかった。

「エコーも! さっきご飯食べたくせにまだお腹減ってるの?」

顔面に大きな裂傷のあるヴェロキラプトルはオーウェン以上に挑発的な態度で顎を上げた。
グルル、グルルッと連続的に喉を鳴らす音はどこか笑い声にも似ている。
わざとらしくオーウェンの陰に逃げ込むエコーが再び喉を奏でたとき、その音はますます嘲笑じみて聴こえた。

「そんなに叱ってやるなよ。エコーにも悪気はなかったんだし」
「むしろ悪意の塊では?」
「そうか? たまたま手の届く場所にそんなものがあればこの子だって興味を持つだろ。まだ子供なんだから」
「なんでもいいように取るなぁ」

他の同僚に呼ばれたオーウェンが立ち上がって部屋を出て行ってしまうと、エコーも左右に尾を揺らしながらあとに続いた。
一人残されたニーナは無意識に時計を見上げた。だが何度確認しても午後の始業時間が迫っているという悲しい現実は消えてなくなりはしないようだ。
今日はこれから調教師の講習会とラプトルたちの屋外トレーニング、それに溜め込んでいた事務作業まで控えている。その講習会で使うUSBメモリを持っていくのは自分の役目だったと思い出して、ニーナはデスクの引き出しを開けた。

「えー、なんで?」

あるはずのものが無いことにたちまち焦燥感が湧き上がるのを感じながら、ひとつ下の引き出しも開けてみる。
クリップの束やハサミや無数のペン、そして走り書きのメモ用紙に紛れて目的の物をようやく見つけ出すと、安堵の声が喉元までせり上がった。
その声を実際に発することができなかったのは背中に予期せぬ打撃を受けたせいだ。
信じられない思いで振り向いた目線の先では、いつの間に忍び寄ってきたのか、エコーが挑発的に歯を剥き出している。
成長途中の彼女はまだせいぜいラブラドール・レトリバー程度の大きさとは言え、たくましい筋肉をバネにした一撃の威力はニーナに顔をしかめさせるには十分だった。

「こらエコー!」

エコーがその大きな口を開けると、何かが床に転がり落ちる。
靴のすぐそばに投げ捨てられた唾液まみれの小さな物体が何なのかすぐにはわからず、最初はそこらで拾ったゴミか、もしくは壊れたおもちゃの破片でも持ってきたのかとニーナは訝った。
だがおかしい。薄いピンク色をしたS字フックのようなそれに強い既視感があるのだ。
やがてその正体が冷凍マウスのしっぽだと気付いて思わず一歩後ずさった。

「え、普通にいらない……」

するとエコーは、また例の声音で意地悪く鳴いてみせた。

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