助手とふたりと琥珀色の部屋

 夜の居住区には、しっとりとした静けさが流れていた。
 外では空気循環の音が低く鳴り、室内の人工照明は夜間モードで、琥珀色の柔らかな光を灯している。
 ステラはブランケットにくるまり、手元のタブレットで科学論文のデータベースをスクロールしていた。
 熱心に読んでいるのは主に人工皮膚に関する最新の研究。人が眠りに入ろうとする頃、むしろ彼女の脳は活発になる。

「メイヤー、それ……読むと眠くなるやつ?」
 ソファの反対側、同じく横になって紙の本を読んでいたコールが、顔だけこちらに向けて尋ねた。
「いえ、むしろ眠れなくなります。面白すぎて」
 ステラは真面目に返す。
 表情は穏やかなままだが、ページを送る指先には、じんわりとした喜びがにじんでいた。
「へえ」
 コールは、自分の本をそっと閉じた。
 それはこの時代では貴重な紙の児童書で、題名は『ちいさな宇宙のレストラン』。最近の彼女は、そういった本を積極的に集めている。
「よかったら少し、教えてもらってもいい?」
「え? いえ、もちろん構いませんけど……でもこれ、かなり専門的で――」
「いいの。全部はわからないかもしれないけど、知らないことを知るのは好き」
 その素直な一言に、ステラは口元を緩めた。
 話を聞いてくれる相手がいるという、それだけのことで、嬉しさが胸にあふれる。
 隣に座るコールにも見えやすいよう、彼女は自然とタブレットの角度を傾けた。
「ではですね……たとえば、エクソデルミンというナノ自己修復タンパク質の増殖過程には、非常に興味深いエラー率の高さがあって……」
 始まったミニ講義は、できるだけ専門用語を省いた簡潔な解説つき。
 コールは真剣に耳を傾け、ときどき「それってどうして?」と、柔らかく問いを返す。
 ふたりの間には、静かな知のやりとりがあたたかく息づいていた。

 そんなとき――リビングのドアが静かに開いた。
 黒いタンクトップ姿のリプリーが姿を現す。軽くまとめた髪と、ぼんやりした目元。完全に寝る支度を終えた様子だった。
「あなたたち、まだ起きてたの?」
 リプリーの問いに、ステラが反射的に顔を上げる。
「あっ……あとちょっとだけ……!」
「ふーん」
 リプリーは半分目を細めながら、照明の明度をひとつ下げた。
 残った間接照明が、部屋をやわらかな薄闇で包み込む。
 彼女はふたりの間に割り込むようにして、ソファの背にもたれた。
 コールが自然と体を寄せ、ステラもつられるようにリプリーの方へ身を寄せる。

「それでですね、このあたりで光反応性残基を含むメタグリセンα複製がフォトポリメラーゼ反応を起こすんですけど――」
 ステラが説明の続きを語ろうとしたところで、リプリーが不機嫌そうに口を挟んだ。
「……つまらない話ね」
「リプリーさん、いくらなんでも飽きるの早すぎません? 秒ですよ、秒」
 ステラは呆れて目を回すが、コールはくすくす笑っている。
「リプリーは自分が知らない話をされるのが嫌なのよね。じゃあメイヤー、続きは明日。記憶の定着にも睡眠がいるんでしょう?」
「まあそうですね……はい」
 ステラはタブレットをスリープモードにし、テーブルの上にそっと置いた。
 コールも、読んでいた本を大切そうにその隣に置く。
 リプリーは何も言わず立ち上がり、ひとつ伸びをした。

「じゃあ、寝ましょうか。おやすみなさい、コールさん、リプリーさん」
「うん、おやすみ、メイヤー。リプリーも」
「……おやすみ」

 柔らかく交わされた言葉とともに、三人はそれぞれの部屋へと散っていく。
 その足取りも、声の余韻も、どこか名残惜しげで、あたたかかった。

 リビングには誰もいなくなり、静けさだけが、すっかり夜を満たしていた。

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