助手と論理の礼拝堂

 オリガ号の中でも最も静かな場所──それがこの簡素な教会だった。
 宇宙の只中に浮かぶ研究船にはそぐわない、木製のベンチと古びた十字架。人工光に照らされたステンドグラスは、色褪せた聖性を湛えている。
 薄い酸素の膜が天井を満たし、空気はかすかに乾いていて、そして冷たい。
 この場所だけは、時間がそっと足を止めるような、静かな錯覚を呼び起こした。

 ヴィンセント・デスティファノが教会に足を踏み入れたとき、そこに座っていたのは、まるで予想外の人間だった。
 白衣。艶のないくすんだ金髪。知性の奥に沈めた何かを抱えた瞳。
 まさか、ステラ・メイヤー博士。彼女がここにいるなんて、まるで神の悪戯のようだった。
 彼女は神を解剖する側に立つ女ではないのか? 祈りを捧げる姿など、想像すらできない。
 デスティファノの胸に、不遜な思いがよぎる。彼女はここにいてはいけない──そんな考えが、ほんの一瞬、頭を掠めた。
 彼は思わず乾いた笑いを漏らした。口をついて出た言葉には、皮肉と驚きが等分に混じる。

「……あんた、信仰心あんのか?」

 ステラはベンチに座ったまま、首だけを傾けて彼を見た。その顔に浮かんだのは、笑みとは呼べない、けれどどこか柔らかな表情だった。

「いえ。ただ、朝のミサが終わったあとはしばらく誰も来ないから……考え事をするのにちょうどよくて」

 彼女はそう言うと、傍らに置かれた電子聖書にそっと触れた。
 滑らかな動作。その指先は、まるで聖遺物に触れる信徒のようだった。
 恭しい。そう呼ぶしかないほどの、静かな敬意がそこにあった。
 デスティファノは不意に、何を話せばいいのか分からなくなった。普段なら彼女の理屈っぽさをからかう台詞がいくらでも浮かぶのに、今はそれすら出てこない。
 沈黙の中で、ステラはぽつりと続けた。

「でも、神の存在も不在も科学的に証明できない以上は、軽々しく否定するべきではないと思ってます」

 その声は、教会の壁に静かに反響し、けれどどこまでも個人的な響きを帯びていた。
 まるで、誰にも聞かれることを望んでいない祈りのように。

「……へえ」と、ようやくデスティファノは言った。
「理屈っぽいのか、素直なのか、よくわかんねえな。あんたってやつは」

 彼女は返事をしなかった。
 ただ、遠くを見ている目で、祭壇の向こうを眺めていた。そこには何もない。金属と合成樹脂と、人工照明しかない。
 だが、ステラの視線には、まるでそれを超えた何かを見つけるかのような深さがあった。
 彼女が誰かに答えを求めているようには見えなかった。
 むしろ、彼女の内側で問いが響き続けている──
 自分がまだ、「人間」という呪縛に縛られたままなのではないか。
 あるいは、その呪縛を、どこかで受け入れてしまっているのではないか。
 そして、そんな自分を、理屈だけで切り捨てられないのではないか。
 その問い自体が彼女の心を縛り、同時に解き放つ、脆くも美しい祈りのように。

 デスティファノはため息をついた。

「あんたって、よくわかんねえ奴だよな」

 ステラは一度だけまばたきして、彼に視線を戻した。

「恐縮です」

 その瞳に浮かぶ何かは、やっぱり名付けがたいままだった。

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