小ネタ-おでん論

 オリガ号・24階の休憩室。
 天井から吊るされた照明が、金属製の壁に無機質な白光を投げかけている。室内の空調は低く唸るような音を立てており、壁際では点滅するインジケーターが静かに機能を主張していた。
 くたびれたソファーに腰を下ろしていたデスティファノの手の中で、金属製のマグカップが傾いた。中の液体が小さく波立ち、かすかな湯気が冷えた空気に溶けていく。
 その様子を見つめながら、彼は唐突に口を開いた。
「おでんにトマトってさ……正しいのか?」
 突拍子もない問いに、ステラは眉をひそめた。
 手にしていたカモミールティーのマグカップをそっとテーブルの上に置いた。内壁の反射光が彼女の頬に淡く差し込み、その視線がゆっくりとデスティファノを捉える。
「食べたんですか?」
「いや、食堂でメニューの隅に書いてあったんだよ。『湯むきトマト』って」
「なるほど」
 ステラは背もたれに寄りかかりつつ、静かに思考の回路を巡らせるそぶりを見せた。
「味の構成としては成立してると思います。グルタミン酸が主成分ですし、だしとの相性はいい。ただ、おでんの“染みる”という概念と、トマトの構造は、やや対立的ですね。水分を出しながら煮崩れてしまう」
「じゃあ、正しくはないってことか?」
「いえ、“理論的には正しいが、情緒的にはグレー”という状態かと」
 デスティファノは納得しかけて腕を組もうとしたが、動作の途中で止まった。まるで思考と肉体の接続が一瞬切れたような、戸惑いの静止。
「……何語喋ってんだ、あんた」
 ステラは肩をすくめて小さく笑った。マグカップの縁に、わずかに指先を遊ばせながら口を開く。
「えーと、つまり、細胞構造的には厚揚げと逆なんです。吸収じゃなくて放出型。でも中にコンソメゼリーとか詰めておけば、持ちこたえるかもしれませんね」
 そのとき。
 タブレットに黙々と文章を打ち込んでいたゲディマンが、目を離さぬまま静かに口を挟んだ。
 小さなモニター画面には、実験レポートの草案が点滅している。
「コンソメを詰めたら、もはやそれは“おでんのトマト”じゃない。“トマト型おでん要素”だ」
 ステラは一拍置いて「それはそうですね」とつぶやくと、再び真剣な面持ちに戻る。
 船内の空調が、機械的なリズムで呼吸のように脈打っていた。
「そもそも“おでん”というカテゴリ自体が、かなり哲学的ですよね。具材の出自も属性も違うのに、だしの一言で一括りにされている。構成主義の暴力です」
「ちょっと待ってくれ……」
 デスティファノは片手で額を押さえ、ゆっくりと目を閉じる。急激に増えた情報量に脳がパンクしかけている。
「俺、トマト入れるかどうか悩んでただけなんだけど……なんで“おでんとは何か”みたいな話になってんだ」
 ステラは淡々と答えた。
「それがトマトの罪です」

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